「人が一番走るのは、状況が最悪に思えるとき」

【出場選手①】学生時代にバイク、タバコ、吞み会に明け暮れていた41歳・男性

「会社員になって結婚して、子供ができて2階建ての家を作って、学費に悩みながら、子供を育てて年をとっていく、平々凡々な人生なのかとちょっとした絶望感を持ちました。でも41歳にもなって親が心配するようなことをまだやってるというのは、ワクワクしかなくて、やっぱ何歳になっても、こういう思いは大事なんだなって」

10数年前、地方からコピーライターになりたい夢を持って上京するも、思い描いた夢はかなわず。今ではWEBサイト作成などに携わる男性は、TJARには求めていた刺激があると一念発起、家の周りをぐるぐる走るところから始めて、出場権を勝ち取った。

【出場選手②】20代に渋谷でDJをしていた39歳・男性

4枚のCDをリリースするなど、楽しく日々を過ごしていた。学業も恋愛も仕事も、まずまずうまくやってきた。だが一方で、何者にもなれなかった気がする。

何かに一生懸命になったことがあっただろうか?

そんなことを思っている頃に友人と登った山でたまたま見かけたTJAR選手の颯爽とした姿に衝撃を受けた。雨の中でも怯むことなく走り去るうしろ姿が格好良かった。
そこからトレーニングを開始。コロナ禍で外出もままならない中、6階建てマンションの非常階段を9kgの荷物を背負って週2回ペースで50往復して鍛え上げ、10年越しで出場という夢を果たした。

上記2例は、若手(といっても40歳前後だが)のケース。
10年前、2012年に特番を制作した時から出場選手たちにアンケートを依頼してきたが、今回、特に若い選手たちが記した文章を一読して感じたことがある。

どこか漠然とした不安を抱き、確固とした自信を持てないと感じている者が多いこと。

バブル崩壊後のロスト・ジェネレーション世代に特有の事象なのだろうか。それとも、世界的ベストセラー『BORN TO RUN』の著者・クリストファー・マクドゥーガルが指摘するように、「人が一番走るのは、状況が最悪に思えるとき」だとして、現代に漂うそういった風潮と関係があるとでも言うのか。

アメリカで長距離走が人気を博したのは、大恐慌の時代、ベトナム戦争が繰り広げられていた70年代前半、9.11のテロ攻撃後に起きた「トレイルランニングブーム」がそれに当たる。
2022年、先行きの見えない新型コロナウイルスの流行やロシアによるウクライナ侵攻を、日々メディアを通して目の当たりにする今日、ランナーたちの気分にも影響が及んでいるのだろうか。