少女と女王、ふたりの紀平

紀平のフィギュアスケーターとしての真価は、身体能力の高さに土台があると言われる。体幹が強く、跳躍に優れ、体が滑らかにしなやかに動く。下半身がしっかりとしていて軸がぶれない。

そのおかげで、滑り自体がぐんっと伸びるように力強く、後半に入っても動きが落ちず、ジャンプでも回転不足を取られず、倒れかけても踏ん張れる。

もっとも、紀平は自身のフィジカルの非凡さに胡坐をかいていない。一つひとつの技に真摯に向き合う。実直なスケートとのかかわり方が、彼女を日本で群を抜くスケーターに押し上げた。

「パーフェクトな演技がしたい」

彼女はそう言って事もなげに高い目標を掲げてきた。

「どの試合も安定して、自己ベストを越えられるようにしたい。レベルを取りこぼさず、ひとつもミスしたくないので。『とにかく集中』って。自分を見つめて、冷静に演技できるようにしたいです。それで、観てくれる人のすべてを惹きつけるような滑りを」

演技への取り組みは大胆で飄々としたところがある。

<ねぇ、集中してる? 足は動いている?>

リンクの上で、紀平はそう自分に問いかける。自らと対話し、体の動きを調整。確認し、叱咤し、注意を促す。そうして自身を冷静にさせ、焦りや迷いに振り回させず、超然として滑れる。

自己省察が習慣なのだろうが、自己と対話するメンタルコントロールは独特で興味深い。一つひとつの行動に伴う感情まで克明に分析し、整理。それを次の行動に活かしている。

言わば、二人の紀平がいるのに近い。”少女が体内に女王を飼う“というのか。大会を重ねるたび、女王の風体になっていった。