「東京で仕事ができるわけない」は幻想 岡山と青森、地元で就活した山﨑夕貴・小山内鈴菜アナの上京物語_2

東京で暮らすことへの不安

――おふたりは東京で暮らすことへの不安はなかったのでしょうか?

山﨑 私はワクワクが止まりませんでした(笑)。

小山内 私は不安しかなかったですね。電車通勤なんて経験したことがなかったですし、暮らせるのかなって。いざ暮らし始めてからも家族が遊びに来て帰った後で、ホームシックになったことも多くありました。

――山﨑さんは暮らし始めてからも不安もなく?

山﨑  そうですね。地元に住んでいた頃は門限があったので、何時まで飲んでも怒られないなんて最高だなと初めての青春を謳歌していました。入社するまで東京に知り合いがいなかったこともあり、基本的には同期の40人と、ほぼ毎日誰かしらと飲んでいましたね。

小山内 退勤後も同期の方と過ごしていたんですね!

山﨑 そうそう。当時、右も左も分からない私に、週刊誌に撮られないようなイロハを教えてくれたのも同期でした(笑)。それにアナウンス室の同期が道路を挟んだところに住んでいたので、中間地点にある飲食店でご飯を食べて解散することもあり、寂しい思いはほとんどしませんでした。今は同期の多くが結婚しましたが、家族ぐるみでご飯を食べることもあります。

――小山内さんはコロナ禍の入社とのこともあり、ご飯に行く機会は少なそうですね。

小山内 そうですね。外でご飯をする機会はあまりないです。でも、たぶんコロナ禍でなくても、飲み会にはあまり参加しないタイプなんじゃないかなと思います。もちろん仕事でちょっと落ち込んだ時に同期や先輩方に話を聞いてもらうことはありますよ。

――でも、山﨑さんも小山内さんも会社の人とコミュニケーションをとってらっしゃるんですね。

山﨑 フジテレビのアナウンス室って、本当に仲が良いんですよね。

小山内 本当に! 入社する前から「仲が良い」とは聞いていましたが、すごくフランクな方が多いんですよね。おかげで寂しさを感じないんです。