30代で楽になったはずなのにーー40代の新しい負荷
――新作2点は、初のオイルペインティングによるものですね?
キャンバスに描くものとしては昔からある王道の画材。最近はアクリルで描くことが多かったので、クラシックなところに突っ込んでいくのもおもしろいかなと。10歳の頃にトルコに住んでいたんですけど、その頃に油絵を描くアーティストの方に絵を習っていたことがあって。それ以来、油絵はずっと触っていなかったんです。多分、一番扱いにくい素材なんだという印象があったと思います。すごく乾きにくいし、匂いもあるし、混色するし。10歳の自分にはちょっと重すぎて、うまく消化しきれなかったんです。
でも今回は、「ルーフ ミュージアム」のオーナーさんが油絵をやっていて、「描いてみたら?」と言われたこともきっかけになりました。子供の頃はトゥーマッチに感じていたけれど、今、他の人が描いた油絵を見ると質感を含めて素直にいいなって思えることも多くなったので、自分の中に取り入れていきたいと思ったんです。
――30年以上ぶりに描いてみて、いかがでしたか?
アクリルで描くときはすごくフラットにしていますけど、油絵では下地をわざと白だけじゃなく、黒とかグレーを入れながら少しずつレイヤーを作っていきました。少し刷毛の質感を残して荒らしたりしながら、ザクザク描いていった感じです。
そのレイヤーを作っていく感じが、なんかすごい、気持ちが入っていくなって思ったし、おもしろかったですね。言語化しなくても、筆を通して今の気持ちが吸い取られていく感じ。これまでは自分の気持ちをダイレクトに込めることを積極的にやってこなかったんです。でも今は、ひとつのキャンバスに気持ちを閉じ込めることが、僕のやるべきことなのかなって、強く感じましたね。残していきたいという思いが、今すごくある気がします。
――対照的なキャラクターが描かれていますね?
左の子は、少し不安が強い感じ。自分自身もちょっと、内向的になってしまうことがあって。そういう部分を表現したかったんです。
逆に右の子は、そこから抜け出してちょっとポジティブになっている感じ。不安なときって、当事者としては結構シリアスだったりするんだけど、少し客観的に引いてみたり、時間を置いてみたりすると「あれ、なんだったんだろう?」みたいなことってあるじゃないですか。そういうコミカルさみたいなものを表現できたらいいなと思いました。
――長場さんが感じている不安とは?
仕事もだんだん大きくなってきたので、その辺のプレッシャーを感じたり。何か負荷がかかったときに対処できる引き出しがなかったり。自分をうまくコントロールできないなと感じることはあります。
思い返すと、30歳くらいのときってすごく「楽になったな」という感覚があったんです。10〜20代のときに小さな世界で感じていたいろんな不安が、30代になって少し外れたというか。経済的にも余裕が出てきて、このまま楽になっていくと思っていたけど、意外と、また違う負荷がかかってくることを感じて。なるほどなーって思っています(笑)。
ゲルハルト・リヒターっていうドイツの画家がいるんですけど、その方のドキュメンタリーをこの間DVDで見たんです。かなりの大御所ですけど、個展の前とかに不安になっている様子が収められていて。ちょっと安心したんです。「そっか、そっか、みんなそうなんだ」って。僕も毎回、個展の前は緊張するし、今回の個展の前も「どう受け取ってもらえるかな」って、不安になりましたから。