父が周囲に放った言葉

「愛用者の、どんな小さな声まで聞き逃すまい」。

そう心に決め、藤井氏がインタビューを実施してみると、予想とは正反対の反応が返ってきた。利用者にとって龍角散は「歴史と伝統を守る、『のど』の専門メーカー」。調査をさらに掘り下げてみると、「龍角散」は単なる風邪薬ではなく、日常的に「のど」を守るために使われ、医師からも勧められる独自のブランドだということが判明する。

その一方で、微粉末の「龍角散」は飲み方が難しく、新規利用者を増やしにくいという致命的な弱点もあった。

「大きな市場へ手を広げるのではなく、愛用者のささやく声の中にこそ、会社の進むべき方向があることがわかりました。『龍角散』が持つ、本当の価値と課題を同時に発見しました」

薬を必要とする人の暮らしを知ろうとすることは、藤井氏の先祖が、苦しむ人のために薬を作ったという原点ともつながっている。

藤井氏は、当時、低迷する「クララ」を龍角散ブランドへ統合し、新製品や不採算の直販事業を廃止し、限られた経営資源を主力商品へ集中させることにした。社内は猛反発し、幹部は父親に「若がご乱心です」と訴えたという。

ところが父親は周囲に「俺はアイツに任せたんだ」と一喝。それが後のヒット商品「龍角散ダイレクト」シリーズにつながる改革となった。1996年11月、父・康男氏が66歳で死去。藤井氏は振り返る。

「父には言いたいことが山ほどありますが、音楽を学ばせてくれたことと、この時に自分を信じてくれたことには感謝しています」

「苦しむ人のために薬を作る」――創業以来、守り続けてきたそのスピリットの延長線上には、服薬補助ゼリー「らくらく服薬ゼリー、「おくすり飲めたね」の開発がある。

介護の現場などで、薬を飲むことに困っている人がいた。「何とかできないか」と考えた藤井氏は、「服薬補助ゼリー」の商品化に取り組んだ。そしてそれはやがて、最初に想定していた人だけでなく、子どもに薬を飲ませることに苦労する家庭にも広がっていく。

藤井氏にとって重要だったのは、「商品を増やすこと」そのものではなく、「困っている人に応えられるかどうか」だった。

「成果が出るまで時間がかかる商品を続けるには、経営上の判断も必要になります。使う人の助けになり、会社がどういう仕事をするのかを示す商品でもあります。事業全体を見渡して判断するのが、自分の役割だと考えてきました」

多くの人に愛されている龍角散の「のどすっきり飴」(写真/齋藤周造)
多くの人に愛されている龍角散の「のどすっきり飴」(写真/齋藤周造)