龍角散の原点『苦しんでいる人を何とかしたい』
「これだけは譲るな、と。逆に言うと、それ以外は、何を変えてもいいんですよ」
取材場所に響きわたる声で、藤井氏は語り始めた。守るべきもの、それは、「『薬を通じて、ひとの役に立つ』という、龍角散の原点」だと言い切る。
「龍角散」の起源は、秋田藩にさかのぼる。先祖はもともと水戸で医師を務め、関ケ原の合戦の後、国替えに伴って秋田へ移った。そこで、体調を崩した藩主のため、藩に伝わる薬を改良したものが「龍角散」になったと伝えられている。
和漢の生薬を基礎としながら、蘭学の知識も取り入れた処方だったそうだ。藤井氏は語る。
「つまり、売るために作った薬ではないんです。『苦しんでいる人を何とかしたい』という想いから生まれました。私は、そこに『龍角散』の原点があると思っている。医薬品や医療は、まず人の役に立つためにある。社会貢献ですね。その考えを大事にしたい」
会社はその後、廃藩置県や関東大震災、戦災など、時代ごとの変化に直面してきた。スペイン風邪が猛威をふるった頃には、当時はまだ珍しかった鉄筋コンクリート建築の工場を東京のまちなかに建てていたという。
「『龍角散』が当時、非常によく売れて、それまでの手作業では需要に応えきれなくなりました。供給する責任を果たすために、大きな投資をして工場を建てたわけです。かなり早い時期に生産を工業化したんですね」
それから約100年が経ち、新型コロナウイルスが流行した。
「たとえ科学技術が進歩しても、私たちが自然の中で生きていることは変わらない以上、同じようなことはまた起こり得る。常に備えておかなければいけないと思います」
作り方や売り方を変えても、必要とする人に薬を届けていく。その歴史を、長い年月を経ても藤井氏は現在の経営と切り離して考えていない。













