会社をオーケストラに重ねて
経営者になっても、藤井氏の音楽家人生は終わっていない。いまもフルートを演奏し、若い演奏家の育成や地域の文化活動、異なる背景を持つ人々の交流につながる公演に関わり続けている。
「文化芸術の活動と、事業を通じて社会に役立つ活動って、あんまり変わらないんじゃないかな」
たとえば最近は、民族紛争を経験した旧ユーゴスラビアのオーケストラ「バルカン室内管弦楽団」の公演なども支援し、自身も出演した。
「『民族の融和』という趣旨の公演です。どんなに良い活動でも、お客さんに来てもらわなければ広がらない。私が出演することで関心を持ってもらえるなら、それも一つの役割だと思っています」
音楽を単なる自己表現だけにとどめず、ひとや社会へ還元する――。「龍角散」で貫く藤井氏の意志が伝わってくる。
そして、音楽を学んできた経験は、会社に対する見方にも生きている。藤井氏は社員約100人の「龍角散」の会社をオーケストラに重ねて見ているという。
「指揮者は演奏者の声を聞く。しかし、一人ひとりの希望を並べるだけでは、一つの曲になりません。全体を見て方針を示し、演奏の結果に責任を負う。
100人ひとりひとりの顔が見えています。それぞれの考えや希望があります。指揮者はそれを聞き、曲全体をどう演奏するか考えなければならない。経営者も同じだと考えています」
社員からの提案を受け、試してみるよう積極的に促す。ただ、その際には、提案した社員に判断の責任を負わせることはしない。そこは、経営者である自分が引き受ける。
「失敗しても、俺が責任を取るからやってみろ、と話しています。ひとの役に立つ新しい仕事を生み出すには、挑戦できる環境も必要ですから」
いま、藤井氏は、「龍角散」の次の30年の方針を自分が決め尽くす必要はないと考えている。
自身が会社を引き継いだ時は、危機に対応するだけで精いっぱいだった。次の世代には、世の中を見て学び、これから必要になるものを考える時間を渡したい。
会社の形は、次の世代が変えていく。藤井氏自身が、商品も工場も広告も、大きく変えた。変化する暮らしのなかで、ひとの役に立ち続けるには、変えるべきものがある。だからこそ、いっぽうで「何を守るのか」を明確にしておく。
「金もうけのためにこの薬を作ったんじゃありません」
藤井氏は取材中、何度もそう語った。先祖から続くこの仕事、「龍角散」を引き継ぐとは、昔のやり方を繰り返すことではない。困っている人のために何ができるかを、その時代ごとに問い直し続けることなのだろう。
取材・文/加賀直樹
(写真/齋藤周造)













