「意見を言うと怒られる」「余計なことを言うともめごとになる」

東武鉄道の佐藤晃一施設部長によると、作業指揮者は事故3日前に問題の作業を仕切るよう社内で指示され、除草作業にあたるのは初めてだったという。

「作業指揮者は『自分自身が今回のような移動を伴う作業に慣れていなかった』『初めてだった』『上司は自分よりも経験が豊富だ』と言っています。自然と委ねてしまった、という以上のもの(理由)がない」と佐藤部長は説明する。

Eさんは過去に同じ現場で作業指揮者の役割を務めた経験があるという。だが事故は作業開始から約30分で起きた。

作業チームは当初、駅より南の東京側の線路で除草作業をしている。ここまでは朝礼で作業指揮者が伝えた手順通りの見張り態勢で行ない、列車通過時も作業員は問題なく退避していた。

新鹿沼駅まで戻って駅北方の日光へ続く線路上の作業に移る前に、見張りや作業の手順を確認する打ち合わせをもう一度行うことが朝礼で決まっていたが、この打ち合わせはなくなった。

任務をEさんに任せた作業指揮者は、一番後方で作業を記録する写真を撮っており、打ち合わせなしの作業を止めようとはしなかった。

事故直後の現場の様子(地元住民提供)
事故直後の現場の様子(地元住民提供)

「現場の上り線で作業する場合、駅の約300メートル北にある踏切に『中継見張り員』を、それよりも作業員に近い位置に『列車見張り員』を置くことになっています。このため踏切へ行くよう指示された中継見張り員は、到着してその旨を列車見張り員に無線で報告しようとしましたが、返事がなく、次の指示を待っていました。

その直後とみられる10時42分ごろ、列車見張り員は手元のダイヤによって特急が5分後に来ることがわかっていたので、時間が短いことを強調するためEに『到着3分前』と伝えています。

ところが列車見張り員によると、Eは下り方向(北)を指さすような動きをしました。列車見張り員は上り線の線路上を下り方向へ向かうよう指示されたと受け止めたといいます。また生き残った作業員の一人も、下り方向へ進むよう指示するEの声を聞いたと証言しています」(東武鉄道社員)

Eさんと作業員の一行はこのころに、安全な通路から上り線ホーム脇の線路に立ち入っている。ここはホームの下に逃げ込めない危険なエリアであるにもかかわらず、列車接近時にどう逃げるかは、打ち合わせがなかったため検討もされていない。

列車見張り員は「(特急が来るまでに)ここを渡りきる(安全な場所まで抜ける)のは難しいな」と思いながら、「意見を言うと怒られる」と考えて何も言わなかったという。作業員の一人も「余計なことを言うともめごとになる」と思い意見をしなかったと東武鉄道は説明する。