許容できない部分がありながら、
それでも友でいられるか
──第三話「邪蛇」と最終話の「猿」では、朝廷に与する陰陽師・蘆屋道雪と、幕府のために働いている呪術師・狩野遊山が揃って登場。最大の危機が訪れるとともに、浮雲と土方の価値観のずれも明らかになりますね。
僕が三話目、四話目を通して書きたかったのは、土方の本性を知った浮雲が、その事実をどう消化するのかという部分です。他人の命を躊躇なく奪う土方を見て、浮雲は深いショックを受ける。友である土方だからこそ、浮雲は自分の理想を託していたところがあったんですが、それが裏切られてしまうんです。これまでは浮雲の葛藤をそこまで描いてこなかったので、最後に思いっきり揺らしたかったというのはありますね。許容できない部分がありながら、それでも友でいられるのかというテーマは、土方という実在の人物だからこそ掘り下げられたものかもしれません。
──土方はシリーズの最後まで、殺人衝動をなくすことがない。史実に基づいているからかもしれませんが、こういうキャラクターは神永作品では珍しい気がします。
そうですよね。先日ある地下アイドルとコラボするという仕事があったんですが、その時に「神永さんの作品はすべてのキャラクターに芯が通っている。だから友達にはなれない」と言われたんです。こんなにまっすぐ生きられると、近くにいて苦しくなるって。その言葉がすごく衝撃でした。確かに世の中にはまっすぐ生きたくても生きられない人もいるし、間違っていると分かっていても、そこから抜け出せない人もいる。それもそうだよなという学びがあって、土方のキャラクターは歪んだままにしたんです。これまでだったら最後は改心して、浮雲と和解するという書き方をしていたかもしれません。若い作家やクリエイターと話すことは、新しい価値観に触れるきっかけになるので、僕にとってとても大切です。
──この巻ではこれまで語られてこなかった、浮雲と狩野遊山の因縁についても初めて触れられています。
子供時代を一緒に過ごした大切な友ではあるんだけど、ある事件をきっかけに袂を分かつことになった。今は別々の道を歩んでいますが、それでも友であることには変わりないんです。さっきもちょっと言いましたが、これまでは友情とはこういうもの、と割と枠にはめた書き方をしてきたと思うんです。でも、人間関係ってもっと曖昧な部分があるし、最近はこうあるべきという枠に収まらない関係を書くように意識しています。浮雲と遼太郎、土方、遊山の距離感の違いもまさにそうで、どれが友情のあり方として正しいというものでもないんですよね。心残りがあるとしたら、宗次郎というキャラクターをうまく生かせなかったこと。宗次郎の無邪気さは浮雲の成長にもプラスになったはずなんですが、あくまで遼太郎、土方、遊山の三人にスポットを当てたかったので、詳しく書くことは避けました。遊山の一人語りなども書いてみたかったですけどね。
──シリーズ開始当初は、自らの運命から逃げていた浮雲ですが、本書のクライマックスではついに「いくら逃げたところで、別の人間になれるわけではない。どんなに理不尽であったとしても、人は与えられた生を生きなければならない」と思うようになります。
これもシリーズを通しての大きなテーマでしたね。今は多様性が叫ばれている時代で、みんな平等に生きられると言われていますが、やっぱり生まれついての特性や才能ってあるんですよ。本当の意味での平等というのは、その差を認めたうえで、それぞれがどう個性を発揮していくかであって、家庭環境や体格、ルックス、才能などに差があるのは当たり前なんです。浮雲は自分が高貴な生まれであることを拒否して生きてきたわけですが、遼太郎や土方と旅したことで、宿命と向きあうことができた。
──朝廷方、幕府方入り乱れての激しいアクションの果てに、静かな余韻のあるラストシーンが訪れます。浮雲や遼太郎、土方、遊山がその後どんな人生を送ったのか、思わず想像してしまいます。
シリーズが終わった後に、スピンオフを想像したくなるような物語が好きなんですよね。浮雲と八十八を再会させるまで書こうとも考えたのですが、そこは読者に委ねることにしました。京都に着いた浮雲がどんな生き方をし、それが幕末から明治にかけての歴史にどう影響を与えたのか、それもブラックボックスにしておいた方が、余韻が深いものになるんじゃないかと考えました。
作家をしている限り、
学ぶことに終わりはありません
──シリーズ開始は二〇一四年でした。十二年続いたシリーズが完結した今、どんなお気持ちですか。
確かデビュー十周年のタイミングで始めたんですよね。幸運だったのは歴代の担当編集さんに、温かく最後まで見守ってもらえたこと。途中で何度か担当が交代したんですが、皆さん熱心に向きあってくれて、「小説すばる」での連載も続けられた。ありがたいことだと思っています。
──このシリーズを執筆するために、天然理心流の道場に入門し、剣術を学ばれたんですよね。
今思い返しても楽しかったですね。剣術は資料が残っていない部分もあって、体感してみないと実際のところは分からない。おかげで時代小説を読んでいても、作者が剣術を学んでいるかどうかが、何となく分かるようになりました(笑)。この経験を生かして、またいつかアクション主体の時代小説を書いてみたいですね。以前のインタビューでも話しましたが、時代小説は現代ミステリーと違って科学捜査がないので、人の言動にスポットを当てられるし、よりダイナミックな物語を生み出すことができる。そこは「浮雲心霊奇譚」を書いていて楽しい部分でしたし、やれることはやり切ったという思いもあります。
──過去のインタビューではもっと努力しなければ、上を目指さなければ、という言葉も聞かれましたが、近年はのびのびと創作に打ち込んでいらっしゃるように感じられます。
自分をぎりぎりまで追い込む時期は、必要だったとも思うんですよ。作家を長く続けていると、誰だって壁にぶつかるし、懸命にあがかないと壁を乗り越えられない。それを乗り越えた今では、自分の経験を若い人に伝えることも大事かなと思っています。
──TikTokにブックレビュー動画をアップしたり、若い作家たちとフットサルで交流したり、出版業界を盛り上げるような活動もなさっていますね。
読んで面白かった本をSNSで紹介しているだけなんですけど、人の本を誉め倒していたら、人間関係の輪がどんどん広がって(笑)。誉めるってすごい力があるなと思いました。「浮雲心霊奇譚」じゃないですけど、出版業界にいる人にもそれぞれ役割があって、僕は人と人と繫ぐことができる立場にいると思うんです。だから若い作家にもがんがん絡みに行きますし、今は書評系のインフルエンサーと作家を繫げようともしています。出版業界のためというのもあるけど、何より自分が楽しいですし、創作のモチベーション維持にも繫がるんですよ。僕はデビュー一年目の新人であっても、リスペクトをもって接しますし、作品も真剣に読みます。新しい表現に触れることで、自分の作品に足りない部分を知ることができるし、考え方もアップデートできる。作家をしている限り学ぶべきことが次々に出てきて、シリーズは終わっても、この仕事は一生終わらないなって思っています(笑)。













