貿易は、国境を超えた分業である

なぜ、国同士で貿易をすると利益が生まれるのだろうか。
まず、身近な例から考えよう。

私たちは毎日の食事を全て自分で作ることもできる。忙しい日には飲食店で食事をしたり、総菜を買ったりする。自分で作るより、誰かに作ってもらったほうが時間を節約でき、おいしくできる場合もあるからである。

国も同じである。全ての財を自国で作る必要はない。

ある国がワインを作るのに向いていて、別の国が布を作るのに向いているなら、それぞれ得意なものを作って交換したほうがよいかもしれない。貿易は、国境を超えた分業として理解できる。

ただし、ここで一つ疑問が出てくる。もし、ある国がワインも布も、どちらも他国より上手に作れるとしたらどうだろうか。その国が両方とも作ればよく、貿易をする必要はないように見える。

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この不思議な問いに答えるのが、比較優位という考え方である。比較優位は、貿易の利益を理解するための最も重要な概念の一つである。比較優位で見るのは「どちらの国が絶対的に上手か」ではない。「その国が何を作るとき、ほかのものをどれだけあきらめるのか」である。つまり、絶対的な能力ではなく、相対的な得意さを見るのである。

この考え方は直感に反するところがある。だからこそ、最初に経済学の歴史の中で比較優位がどのように登場したのかを確認しておこう。

「相対的な得意さ」からわかること

比較優位説を理論として示したことで有名なのが、イギリスの経済学者デヴィッド・リカード(1772-1823)である。リカードは、1817年に『経済学および課税の原理』を出版し、その中で貿易理論の出発点となる考え方を示した。

リカードのすごい点は、「強い国が全てを作ればよい」という素朴な考えをくつがえした点にある。

ある国が複数の財をどれも効率よく作れるとしても、その国が全てを自分で作るのが最善とは限らない。相対的に、より得意な財に資源を集中し、他国と取引したほうが、全体として生産量が増えることがある。

この考え方は、単に貿易の話にとどまらない。私たちの日常でも、何でも自分でできる人が全てを一人でやるとは限らない。相対的に得意な仕事に集中し、ほかの仕事は別の人に任せたほうが、全体として効率がよくなる場合がある。比較優位は、この分業の考え方を国同士の取引に応用したものだと考えればよい。

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