「財務省だけ…」例年夏に実施される官庁人事で異変
例年夏に実施される官庁人事で異変が生じた。通常通り他省庁の幹部人事が7月に次々と決まる中、財務省だけ取り残されていたからだ。
他省庁などに出向していた中堅・幹部は7月に帰任後、財務省内でのポストが決まらず「待機組」となった。
この頃、不穏な空気に包まれる省内では「高市首相が『社会保障国民会議』での消費減税議論が思うように進まず、その責任を財務省にとらせようとしている」との声が充満していた。
中央官庁人事は通常、それぞれの事務方が幹部人事案をつくり閣僚とともに首相や官房長官らに最終判断を仰ぐのだが、よほどのことがない限り、この人事案が覆されることはない。
だが、2014年に中央省庁の幹部人事を一元管理する内閣人事局が発足し、主要幹部約600人の人事には首相や官房長官が関わる仕組みとなった。
かつては安倍氏も「財務省はどこを向いて仕事しているつもりなのか」
根拠となる国家公務員制度改革関連法は高市首相が「師」とする安倍晋三首相時代に成立したものだ。
安倍首相は第1次政権時代に防衛省の事務次官らと対立し、2012年末からの第2次政権以降は2度にわたる消費税率引き上げ時期をめぐって財務省と激しく衝突した。こうした経験が内閣人事局による幹部人事への関与につながった背景にある。
当時、消費増税時期の延期を決めた安倍首相や菅義偉官房長官のもとには財務次官をはじめとする幹部が翻意を迫りに向かったが、安倍氏は「財務省は一体、どこを向いて仕事しているつもりなのか」「省益ばかりを考え、国益を見ていない」などと一蹴し、政治決断を覆すことはなかった。
ただ、このときは史上最長の長期政権を築いた安倍氏でも内閣人事局による“人事権行使”を用いることはせず、財務省案の主要幹部人事を許容している。













