宇多田ヒカルへ
そうした結果にまで彼女を追い詰めたのは、巨額の金を生み出すスター歌手が誕生したことを巡る労働環境の変化だ。大人たちの様々な事情から強いられる、限界を遥かに超える仕事の数々。ヒット曲を生み出さねばならないプレッシャー。世間から投げ掛けられる際限のない好奇と羨望の目。
さらにはマスコミによる記事の捏造。それに巻き込まれる家族たちの混乱。事情を知らない者たちからの心ない言動。スキャンダルさえも宣伝に利用する所属事務所への不信……藤圭子はスター歌手であることに、少しずつ苦しむようになっていった。
そんな中、デビューしてから5年目を迎えた頃、声が思うように出なくなっていたので、国立病院で診てもらった。すると結節だから切らなくては治らないと診断された。
藤圭子が普段話す時もなるべく声を使わなかったのは、お喋りする声があるなら、歌う声に取っておきたかったからだという。声がよく出なかったのは生まれつきだった。
「だから、なんて言うのかな、出ないのが普通だったんだ、あたしにとっては。その声を貯めて、それを絞り出していたんだよね、きっと。だから、1週間休んで出なくなったときも、そんなに慌てることはなかったはずなんだ。(中略) ところが‥‥‥切っちゃったんだよね。早く楽になりたいもんだから、横着して、切っちゃったわけ」
そこまで追い詰められていたということなのだろう。孤独で苦しくて、早く楽になりたくて、魔が差したように手術してしまった。
「歌っていうのは、聞いている人に、あれっ、と思わせなくちゃいけないんだ。あれっ、と思わせ、もう一度、と思ってもらわなくては駄目なんだよ。だけど、あたしの歌に、それがなくなってしまった。あれっ、と立ち止まらせる力が、私の声になくなっちゃったんだ」
日本で最初に登場したブルーズとロックを歌える天才シンガー・藤圭子は、27歳の時に歌手を引退する意志を固めた。そしてアメリカへ渡り、ニューヨークで日本人男性と出逢い、結婚して女児を出産した。
ニューヨークの街並み 写真/Shutterstock
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どこまでも真っ直ぐだった藤圭子が、何よりも大切にしていた歌への純潔な想い。本当の自分でいることへのこだわり。心と身体を通る芯のような精神は、娘・宇多田ヒカルに受け継がれていったように思う。
引用/沢木耕太郎著『流星ひとつ』(新潮社)
文/TAP the POP、佐藤剛
TAP the POP Anthology 音楽愛 ONGAKU LOVE Volume One
中野充浩
2970円(税込)
ISBN: 979-8276212906
〜「真の音楽」だけが持つ“繋がり”や“物語”とは? この一冊があれば、きっと誰かに話したくなる〜
「音楽が秘めた力を、もっと多くの人々に広めたい」
「音楽が持つ繋がりや物語を、次の世代に伝えたい」
そんな想いを掲げて、2013年11月にスタートした音楽コラムサイト『TAP the POP』(タップ・ザ・ポップ) 。本書は今までに配信された約4,000本のコラムから、140本を厳選した「グレイテスト・ヒッツ第1集」的アンソロジー。
TAPが支持するのは、楽曲に時代や世代の風景、試行錯誤が息づいているもの。アーティストやソングライターに、出会いや影響、美学が宿っているもの。そのような音楽には単なる流行やヒットを超えた、人の心を前進させる力や救済する力があるからです。
「大切な人に共有したい」「あの頃の自分を取り戻したい」「音楽をもっと探究、学びたい」……音楽を愛する人のための心の一冊となるべく、この本を作りました。どのページにも「⾳楽愛」が満ち溢れています。
この⼀冊が、物事について深く考えさせてくれるきっかけとなり、静かなる興奮と感動となりますように。⾳楽の旅路へようこそ。
第1章 音楽の未来のために
第2章 美学と信念
第3章 女に潜む少女たち
第4章 新しい友だち
第5章 夢の中の80年代 Part1
第6章 青春の終わり、60年代アメリカ
第7章 人生の始まり、70年代アメリカ
第8章 ロックスターとミュージシャン
第9章 夢のなかの80年代 Part 2
第10章 いくつかの源流
第11章 音楽の相棒
第12章 ミュージシャンたちの27歳
第13章 フェスとライヴハウスの話
第14章 ライヴ・イン・ジャパン
第15章 ギター、レコード、本の話
(邦楽)
中村八大、丸山明宏(美輪明宏)、かまやつひろし、加藤和彦、阿久悠、沢田研二、吉田拓郎、井上陽水、忌野清志郎、大瀧詠一、松本隆、西城秀樹、矢沢永吉、藤圭子、ちあきなおみ、荒井由実(松任谷由実)、中島みゆき、尾崎豊、ブルーハーツ、タイマーズほか
(洋楽)
エルヴィス・プレスリー、ボブ・ディラン、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス、ピンク・フロイド、デヴィッド・ボウイ、クイーン、キャロル・キング、トム・ウェイツ、ブルース・スプリングスティーン、フリートウッド・マック、イーグルス、ザ・クラッシュ、ブルース・ブラザース、オジー・オズボーン、オアシス、ボブ・マーリィ、サム・クック、アレサ・フランクリン、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ロバート・ジョンソン、マディ・ウォーターズ、ハンク・ウィリアムズほか