結婚・出産後に訪れた、音楽の迷い

1996年には、1stアルバム『Red』が累計270万枚超のメガヒットを記録し、『恋心』『トラブルメイカー』などのヒット曲を連発。相川さんは90年代ガールズロックの象徴的存在となった。そうした活躍の時期を経て、2000年代に入るとライフステージに大きな変化が訪れる。

2001年2月に結婚、同年9月に第1子を出産した。

「当時、子どもを育てながら活動するアーティストは、ものすごく少数でした。スタッフからも“結婚したらもう終わりだよね”みたいに言われたこともあって、“結婚したらアーティストとしての価値はなくなるのか”“この先アーティストとしてどう思われるのだろうか”と不安でした」

ちょうどその頃、織田氏のプロデュースから離れ、自らの判断で活動を組み立てるセルフプロデュースへ段階的に移っていく。

「自分が織田さんのような曲を書けるわけでもないし、ヒットソングの方程式もわからない。それに私も結婚して、前の自分とも違う。だから楽曲づくりには本当に苦労しました」

国内でR&B色の強い楽曲が注目を集めるなか、周囲から「R&Bをやってみたら?」という提案が増えていった。ロックを軸にしてきた自分とはタイプが違う音楽性への誘いに、20代半ばの相川さんは揺れる。

「そういうタイプのアーティストじゃないのに……っていう葛藤はありました。『万華鏡』という曲なんかは、ディレクターとずっと喧嘩して、アレンジに納得してなかったんですけど(笑)。大人たちに説得されると、それが正しいのかなと思って葛藤はありました。

でもね、30周年のベスト盤のマスタリングで当時の曲を聞き直したら、悪くないと初めて思えたんですよ。当時は、違うジャンルに挑戦することに反発もあったけど、音楽は音を楽しむものだと考えると、ジャンルが違っても私は私なんだと、私の音楽なんだって受け入れられるようになりました」