いじめと両親の離婚、「居場所がない」10代からの上京

1975年に大阪で生まれた相川七瀬さんが歌手を目指したきっかけは、幼い頃から抱いていた“ある違和感”だったという。

相川七瀬さん 写真/石田壮一
相川七瀬さん 写真/石田壮一

「小学生の頃から、本能的に自分の居場所はここじゃないって思ってたんですよ。学校や集団に馴染めなくて歌手になれば、大阪を出て東京に行ける。という発想でオーディションを受けました」

中学時代にはいじめを経験し、両親の離婚も重なる。「すべての人間関係がうまくいかなかった」と振り返る。中学の3年間オーディションに挑戦していたが、うまくいかず一度歌手の夢を諦めて高校に進学した。そこでも学校生活に馴染めず、「自分の居場所がない」という感覚は消えなかった。その後、中学時代のオーディションで出会った作曲家・織田哲郎氏から連絡があり、高校を中退して芸能界に進む決断をする。

「つまずいて立ち直ろうとしたときに、自分のことを誰も知らない街で、真っ白な状態から始めれば、違う自分になれるのかもしれないと思っていました」

そこから織田哲郎氏のもとで、歌詞づくりやレコーディングのトレーニングを重ねながら約3年間の準備期間を経て、1995年に『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。

ダークで決して前向きなだけではないロックの世界観が支持され、デビュー曲はオリコン最高12位を記録した。

「歌詞の内容が、自分と乖離していなかったんです。織田さんは中学生の頃から私を知っているので、無理にキャラクターを作らなくてもいいものばっかりだった。それってプロデュースされる側としては、すごく幸せなことだと思います」

かつて「居場所がない」と感じていた相川さんだが、その感覚は少しずつ解けていく。

「織田さんが居場所を作ってくれたんだと思います。東京に連れてきてくれたのも、当時住んでいた家を含めて環境を整えてくれたのも織田さん。ここにいて、仕事をしていいんだって思えたし、人生で初めて信用できる大人ができた、という感覚がありました」