「周りの人間に対して見返してやろうという気持ちが強かった」
友達が少なそうな、似たような雰囲気を持っているだけに結束力が強い。知人には3人の関係はそう映っていたという。
「A君も暗くはないけど学校にいたら中間層に位置するタイプで、決してイケイケではない。川村さんもA君もお酒やタバコはやってましたが、誰かと喧嘩したとか殴ったとかも聞いたことないですよ。
A君は高校を辞めて一人暮らしを始めたのか、バイト先のコンビニの近くに住んでいて、そこに川村さんが頻繁に通ってました。バイトも一緒なわけだし、ほんと仲がいいですよね。川村さんは軽自動車を持っていて、それでA君とドライブや旅行にいくのが趣味でしたね」
事件当日も、少年Aは川村被告の車で川口被告、瀧澤被告、当時16歳の少年らと外出。川村被告が八木原被告から別れ話の相談を電話で受けたことを発端に、2時間超に渡る執拗な集団暴行へと発展していく。
「川口被告が公園に呼び出した長谷さんに暴行を加え始めると、少年Aもこれに加担。
その理由について裁判では、『周りの人間に対して見返してやろうという気持ちが強かった』、『友達で、唯一求められる場所だった川口被告に認められたかった』といった趣旨のことを語っている」(事件記者)
長谷さんを殴った回数については、「55回が正しい」と証言。蹴った回数については、「10~20回」とし、「右足は強く蹴りすぎて、腫れてはいなかったが、右足だけでは立てない状態だった」と、長谷さんに振るった暴力が自分の体にもダメージを残したことを語ったA。
「検察から、なぜ執拗に暴行を加えたかを尋ねられると、Aは『ストレス発散』と答え、『日常から感じていたストレス。川村からバカにされ、束縛されていた』、『中学生を前に太っていると言われた』などと交際相手の川村への不満を口にした」(同前)
普段から誰かを殴りたいと思っていたのかもしれない。常になにかにイラついていた――。
そう語り、歪んだ承認欲求とストレス発散のため、ほとんど面識がなかった長谷さんを死に至らしめた少年A。ある知人は、事件後のAの行動について、こう証言していた。
「事件の数時間後、自分の友達にA君から『今日ヒマ? ラーメン食い行こうよ』って電話がかかってきたそうなんです。友達はその日行けないからと断るとA君は『じゃあ11月に行こう』って言ってたみたいで……。重大な事件起こしておいてすごいなって……」













