團子にとっての父・中車の存在、壱太郎が所作指導した『国宝』の舞台裏

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――今作では、父・市川中車さんも乙事主(おっことぬし)役で出演されていますが、改めてお父様の存在はご自身の俳優人生にどう影響を与えましたか?

市川團子(以下、團子) 子どもの頃に、テレビとか映画で活躍している姿をよく見ていたので、「すごく緻密に芝居を計算して演技している」というのが第一印象です。

その次は、同じ日に歌舞伎の初舞台を踏んだことですね。基本、歌舞伎だと父という存在は、自分より前から歌舞伎を始めている、いわば師匠のような存在でもあるんですが、そういった意味では、少し不思議な感覚を持っています。

父・中車(俳優・香川照之)について語る市川團子
父・中車(俳優・香川照之)について語る市川團子
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――また、壱太郎さんは昨年、映画『国宝』で所作指導をされました。そのことは、ご自身のキャリアにとって、どのような経験になりましたか?

壱太郎 母方が日本舞踊の流儀をやっていることもあって、今回、(所作指導の)お話をいただいたのですが、やはり人に教えることで自分も学ぶんです。自分も同じ役を何度も演じたことがある『曽根崎心中』を、吉沢亮さんと横浜流星さんにお伝えしていくわけなのですが、教えるということは、もう一度その役を見直すということに繋がりました。

「何でこの手はこうするんですか?」とか想像もしていなかった質問を受けたとき、「それはそういうものだから…」としか言えなくなってしまう自分が悔しくて、当たり前が当たり前じゃないということに気付かせてもらった、そんな現場でしたね。

――映像作品に歌舞伎の技術を落とし込むことへの難しさは、どんな点にありましたか?

壱太郎 僕らは基本、嘘をつけるんです。たとえ裏が綺麗に見えなくても、表から見て綺麗であればいい。でも映画は360度撮られるので、その感覚は通用しない。裏も綺麗に見せるということは、僕自身学びでもありました。

――なるほど。俳優さんに伝える中で、気づかされる部分も多かったんですね。

壱太郎 そうですね。あとは、僕らは当たり前のように顔を真っ白に塗りますけれど、自分たちで化粧をすることすら、普通の演劇ではありえないことだったり、そもそも「なぜ顔を白で塗るのか」という原点に立ち返れば、昔はライトがなかったからということなんですね。そういう風に原点に立ち返ったことで、改めて歌舞伎の面白さに気付かされました。