出会って体の関係を持った男性は100人超
「処女喪失は20歳で、雑誌の文通欄で知り合った相手です。もともと快楽っていうものにすごく興味があったんですが、田舎だったのもあってなかなか男性と出会うチャンスがなくって。
その頃って今みたいに出会いの場も少なかったじゃないですか。だからずっと機会がなかったんですけど、一人暮らしを始めて雑誌の文通欄に応募してみたら、わんさかお手紙が届いて」
文通欄を通じて知り合った男性たちとの恋愛やアヴァンチュールを楽しむ中、配偶者となる男性と出会い、23歳で結婚。すぐに子宝に恵まれ24歳で第一子を出産し、その4年後には二人目の子どもが産まれた。順調に円満な家庭を築き上げていったものの、内心は葛藤もあった。
「家にいるのがもう息苦しくて仕方なかったんです。それまでずっと働いていたけど、産後は子どもの世話があるから家から出られない。外と繋がりたいと思っても、家で新聞を読んだりしかできなくって煮詰まってしまって、ツーショットダイヤルやテレクラに手を出したんです。
まだ若かったから、わたしの知らない、もうちょっと気持ちがいい世界があるんじゃないかっていう期待みたいなものがあったんですよね。ミクシィはともかく、テレクラなんてまったく面識のない、素性がわからない人と会うことになるわけで、よく自分でもやっていたと思うけど……」
見知らぬ男性と出会うというリスクにおびえながらもテレクラに手を出したのは切羽詰まっていたからでもあった。
第二子を産んだ後も、しばらくは夫との性生活はあった。
が、ふたりの幼子が同じ屋根の下にいる環境では、快感に没頭できなかったし、結婚生活が長くなるにつれて男女としてよりも家族としての絆が強くなり、だんだんと性的な関係から遠ざかっていった。
「だから女としてのワクワク感とか、ときめき、快楽はもう外注する。自分の性欲は家庭に持ち込まないで外で解消するっていうふうになったんです。
わたしのことを実際に見てもらったらわかると思うんですが、絶対にそういうふうに外で男性とアクティブに遊んでいるタイプには見えないと思うんですよ。見るからに綺麗だったりキュートだったりセクシーな、いわゆる男性にモテモテのタイプじゃない。
周囲の人や旦那が、何かしてるんじゃないかって心配するような感じじゃないのが、わたしの隠れ蓑だったんです」
謙遜する康子だが、出会って体の関係を持った男性は100人超。なかなかの猛者だ。そんな康子が女性用風俗に手を出したのは、夫の単身赴任がきっかけだった。
女風ブームの立役者『東京秘密基地』および『萬天堂』がオープン
「8年ほど前のことです。コロナ禍の前ですね」
康子が初めて女風を利用した2017〜18年頃は、女風ブーム元年といってもいい。
女風ブームの立役者の『東京秘密基地』および、それに並ぶ全国最大手チェーンのひとつ『萬天堂』がオープンし、女風という存在が世間に知れ渡った時期にあたる。いわば黎明期だ。
それまで存在はしていたものの、ごく一部の女性たちしか利用していなかった女性用風俗は〈女風〉とネーミングされたことでライトな印象となり、さらにはSNSを利用してのプロモーションにより、施術の内容やそこで働くセラピストたちが可視化されたこと、そして在籍するセラピストたちが今どき風のイケメン揃いだったことも手伝い、多くの女性たちの興味を引くこととなった。
耳の早いネットユーザーを中心に瞬く間に広まっていったものの、今ほどは情報もなく、利用者もまだ限られている状況にあった。













