自分ではたどり着けない教訓を教えてくれる大人たち
──自己憐憫に浸らない、絶妙な感じがよかったです。実際、現実に生きている人たちも、深く傷ついたことがあっても、それで人格のすべてが形成されるわけではないし、そのまま日々を生きている。
過去に傷を受けたから今の自分はこうなってしまった、みたいな言い訳をペイジにはさせたくなかったんです。
母親に与えられた打撃が帳消しになってしまうくらい、まわりの大人を愛情深く描かないと駄目だなと思い、ああいう家族を書きました。
──ペイジのお父さんや祖父母、叔父さんといった人たちがいい味を出していますね。お祖父さんは元大学教授で博識だし。
今まで読んできた本や見てきた映画から、自分の中で蓄積されてきたキャラクター像があわさって生まれたような気がします。
ペイジひとりではたどり着けない教訓みたいなものについては、誰かに教えてもらう形で書こうと考えた時、お祖父さんだったら無理がないかなと思って。それで、わりと教養のある人に設定しました。
──ちょっとだけ言及される大叔父さんとか、ちょっとだけ出てくる青い背広の男性が不思議な存在でした。
僕も大叔父さん、結構好きなんですよね。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』にメルキアデスという不思議な男がいるんです。ジプシーの一族を率いて旅をして、何年かごとに町に来て、主人公に摩訶不思議なことを伝えていく。そういうキャラクターに憧れていたんでしょうね。メルキアデスの足元にも及ばないですけれど、ああいう感じのキャラクターが書けたらいいなってずっと思っていました。四次元的な存在で人の夢の中に出てきたり、なにかちょっと不思議な予言をしてみたりという。
──ああ、考えてみたら、大叔父さんの出てくる箇所などは、ちょっとマジックリアリズム味がありますね。
あ、そうですよね。それはまさに僕の好む世界観なので。
──作中で言及されるミュージシャンや曲名は実際、ご自身が通ってきたものですか。
全部通ってきています。僕は自分の他の小説でも具体的なミュージシャンの名前や曲名を挙げたくてたまらないんですけれど、やりすぎると白けちゃうから、いつも我慢しているんです。今回は思う存分書きました。
──詳しくない自分が読んでも、曲のタイトルも面白くて、それだけで会話が成り立つところに笑いました。
主人公にある女性とコミュニケーションを取らせる時に、その方法を取りました(笑)。曲を知らない方でも、だいたい雰囲気さえ分かればいいので。もしも興味がわいたら検索して曲を聴いてみるという楽しみ方もできるのかなと思います。
──一方、たとえばガチでメタルが好きな人には、たまらないのでは。
僕も結構メタルはガチで好きだったので、馬鹿にされない描写はしていると思います。
──ギターの演奏についても、この曲は難しそうに聴こえて実は弾き方は単純だ、といったところもリアルでしたが、東山さんは演奏の経験はあるんでしたっけ。
ギターは挫折したけれどやってはいたので、多少は知っていることがあるくらいです。実は数日前にギタリストの佐橋佳幸さんと対談させてもらったんですけれど、佐橋さんが「あそこは本当にそのとおり」と言ってくれたから、技術的に間違ってないはずです(笑)。
──ペイジのその後の人生については、プロットは立てていたのですか。
僕はいつも基本的にそれほどプロットは立てず、いくつかの場面を念頭に置きながら、物語が連れていってくれるほうに僕がついていく感じで書いています。物語がどう収束するのか、自分でも分からない書き方ですね。
──後半、ペイジは仕事先で松嶋青葉という年下の女性と出会います。次第に彼女の思いもよらない人生が浮かび上がり、さらに意外な出来事が起きます。
彼女については、正しく現実の問題に対処したからといって、八方うまく収まるわけではない、ということを書きたかったんです。
エピローグでもありプロローグでもある物語
──さきほど長いエピローグとおっしゃいましたが、本書は始まりの予感もありますね。
そういうことはちょっと意識して書きました。要は、ペイジは心のなかで母親から受けた打撃をずっと引きずっていたけれど、長い長いエピローグがやっとそこで終わる、というところまで書いたといえます。終盤は、何か新しい扉が開きかけたような感覚があると思います。もし読んでいただいた方がそういう感覚を持ってくれるんだったら、それはとても嬉しいことですし、ちゃんとそこの部分が書けていたらいいなと思います。
最後に僕が思いをこめて書いたのは、彼がある行動をとる場面なんですけれど、その前に彼はジョゼ・サラマーゴの小説『だれも死なない日』を読んでいる人を見かけるんですよね。あらすじを知って、だれも死なない国に思いをはせて、何かがちゃんと死んでいかないと次が始まらない、という思考が彼の中で導き出されていく。
──東山さんご自身もサラマーゴはお好きなのですか。
めちゃくちゃ好きですね。『ジョゼとピラール(José e Pilar)』という、サラマーゴと妻の生活を追ったドキュメンタリー映画も見たりしました。
──インスパイアされるものはありましたか。
たしかそのドキュメンタリーで、「小さな事実が生命をふきこむ」みたいなことを言っていたんですよ。サラマーゴの遺作となった『象の旅』は象を連れて旅をする話ですが、象が夜眠る時の細かい描写について、そんなことを言っていたと思います。今回何も起こらない物語を書くにあたって、せめて細かいところに魂が宿るようにしたいなと思って。僕が細かい描写ができるのは、おそらく音楽だろうと。
──あのラストも印象深かったです。
結末はいろいろな選択肢がありましたが、書いていくうちに、この終わり方が一番いいんだ、と。この終わり方にすれば、サイドカーを介して三十歳のペイジと十歳の時の彼が、夢をひとつのトンネルとして繫がることができるんだと気づいた時に、この終わり方が正しいんだと思いました。
──何も起こらない物語を読ませるって、ものすごく文章力が必要だと思います。でも本書は、なにげない会話やペイジの思考に心揺さぶられるのですが、この湧き出る抒情性はどうやって生み出されるんでしょう?
そこはよく分かりませんけれども(笑)。でも、もしうまく書けていたら、それは嬉しいことですし、目指していたことでもあります。この小説に関してうまくできているかどうか分かりませんけれど、僕が読んで圧倒される小説って、単純な言葉だけ使われていて、だけどいつまでも心に残っている作品なんですね。そういう作品を念頭に置いていたような気がします。
──まさにそういう作品になりましたね。
ああ、よかったです。













