「プライス(元デビルレイズ)の162キロより江川のほうが早く見えた」
「2006年に全日本の監督になってキューバのハバナで開催された第三回世界野球選手権でデービット・プライス(元デビルレイズ)が101マイル(約162キロ)投げたんですけど、ベンチでみる限り江川のほうが速かったですね。
江川のボールを見たものが監督になったら、やっぱり江川みたいなボールを投げる奴を探し求めます。あの当時、江川と対戦している指導者はみんなそうなんじゃないですか! 僕が世界を見ても江川が基準ですから」
江川のようなピッチャーはいまだ現れていない。あの球を一度でも見た者は麻薬のように虜になり、夢のボールを追い求めてしまうのだろうか
運命の神様は、この試合の決着を決めかねているかのように、ただただ大粒の雨を降らす。
そして運命の延長十二回裏。
この裏から照明が付き、カクテル光線が大きな雨粒をキラキラ反射させながらグラウンドに降り注ぐ。丹念に手にロージンをつけてボールを握る江川だが、雨のせいでボールが手に馴染まないのか先頭打者の磯村を四球で出した。
続く土屋をライトフライに打ち取りワンアウト。少し落ち着いたかに見えたが、次の多部田が執念でセンター前にヒット。これで一死一、二塁。
江川は、六回から毎回安打を打たれている。こんなことは高校に入って初めてのことだった。
作新は当然満塁策を取る。
このとき歩かされたのがトップバッターの宮内。ファーストベース上で、どんなときでも威風堂々としている怪物江川卓が窮地に立たされているのを見て「江川さん、がんばれ」と自然に呟いた。
ライバルチームだけれども誰よりも江川ファンと自認し、江川卓を甲子園でまだまだ見ていたい思いから出た純粋な言葉。江川を中心に、ランナー、バッター、守備陣のそれぞれ去来する思いが錯綜する場面でもあり、フィナーレが近づいている証拠でもある。
二番の伏兵長谷川が打席に入る。この試合、珍しくタイミングがバッチリ合い、二本ヒットを放っている。ベンチのサインは「打て」だ。斉藤一之監督、最後まで強気の姿勢を崩さない。不調だろうと江川に少しでも隙を見せたらヤラれる、江川を最大限にリスクペクしている斉藤だからこそ気迫をより奮い立たせる。
初球ストレートでストライク。二球、三球目はボールとなり、四球目の外よりのストレートをファウル。一死満塁カウント2ボール2ストライクから勝負に行ったボールがすっぽ抜けて大きく高めに外れた。
ここで江川はタイムをかけ、内野陣を集めた。試合の機微を察知したからこそ、江川は自らの意思を尊重しタイムを要求した。内野陣が小走りで走ってくる。皆、雨でグショグショすぎて顔色なんてわからない。江川はどやされる覚悟で訊く。
「次の球、好きな球を投げていいか」
頼りなさそうな顔を浮かべる江川。初めて見る顔だ。
「ここまで来たのはおまえのおかげだから好きなとこ投げろ!!」













