夜鷹からメリーへ。メリーから現代の街娼へ——

夜鷹とは、江戸時代の街娼を指す言葉で、夜になると出てきて野外や仮小屋で売春した遊女のことだ。

公娼ではないことから、また生活困窮者が多かったことからしても、下級遊女にカテゴライズされた。白粉を塗って顔をごまかし、かつ暗闇でも目立つようにして客を取っていた。

話は終戦直後まで飛ぶが、夜鷹はそのいでたちからも、白塗りの厚化粧にフリルのついた純白のドレス姿で街角に出没して横浜の風景の一部となっていたホームレスの老女——メリーになぞらえられる。

監督の中村高寛さんによって彼女の半生を綴ったドキュメンタリー映画『ヨコハマメリー』(2006年公開)で知られる、伝説的な街娼だ。本名不詳。通称「ヨコハマメリー」。

平成18年度(第4回)文化庁映画賞で「文化記録映画部門 文化記録映画優秀賞」を受賞した映画『ヨコハマメリー』。写真はDVD『ヨコハマメリー』(2007年2月14日発売、レントラックジャパン/ナインエンタテイメント)のジャケット
平成18年度(第4回)文化庁映画賞で「文化記録映画部門 文化記録映画優秀賞」を受賞した映画『ヨコハマメリー』。写真はDVD『ヨコハマメリー』(2007年2月14日発売、レントラックジャパン/ナインエンタテイメント)のジャケット

中村さんの著書『ヨコハマメリー かつて白化粧の老娼婦がいた』(河出書房新社)によれば、内閣総理大臣の原敬が暗殺された1921年に岡山県内で生まれたメリーは、8人兄弟の長女で、実家は農家だったという。

地元の青年学校を卒業後には、国鉄(現JRグループ)職員と結ばれ、子宝には恵まれないまでも順風満帆の人生を送っていたようだ。

しかし第2次世界大戦がはじまり、軍需工場に働きに出るようになると、人間関係を苦に海に出て自殺未遂を起こし、それが原因で結婚生活はわずか2年で破綻。終戦後は兵庫県西宮の料亭で女中奉公をしている。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)

重要になるため料亭での女中生活の詳細とその後の展開はあとに記すが、関西を離れたメリーは1952年ごろ、横浜・伊勢佐木町で街娼になった。

メリーは1995年ごろまでしばしば目撃された。だが、その年の冬に人知れず姿を消し、以降は故郷がある岡山県内の老人ホームで余生を送る。

2005年1月17日、84歳没。心不全だった。

夜鷹からメリーへ。メリーから現代の街娼へ——。一見、関連性はないように見えるこの流れが、実は地続きであることがのちにわかってくるのだ。ポイントは、カラダを売って暮らすことを覚えた女性たちの類似性である。