過去の衆院選における「内閣支持率」と「与党獲得議席」の関係

1月23日、雪の舞う永田町で、衆議院は解散された。通常国会の冒頭、しかも1月という極寒の時期に選挙戦へ突入するのは、実に60年ぶりとなる異例の事態だ。窓の外に広がる銀世界は、これから始まる激しい政治決戦の厳しさを無言のうちに物語っているようにも見える。

撮影/集英社オンライン
撮影/集英社オンライン

高市首相は、このタイミングでの解散を決断した。内閣支持率は62%。歴代の政権と比較しても、極めて高い水準にある。この数字を背景に、一気に国民の信を問い、盤石な政権基盤を確立しようという狙いは明白だ。

野党の準備が整い切る前に勝負をかける––––。政治家としての勝負勘、そして好機を逃さない決断力は、率直に称賛に値する。リーダーには、時にこうした大胆な賭けに出る勇気が必要だからだ。

しかし、疑問は残る。本当に高支持率=圧勝となるのか。選挙は水物だ。数字だけを見て楽観視することはできない。

まずは、過去の衆院選における「内閣支持率」(NHK)と「与党獲得議席」の関係をご覧いただきたい。

衆院選投票日  直近の内閣支持率  与党獲得議席

2000年6月25日      17%    271議席/480議席中
2003年11月9日    56%    275議席/480議席中
2005年9月11日    58%    327議席/480議席中
2009年8月30日      16%    140議席/480議席中
2012年12月16日    18%    230議席/475議席中
2014年12月14日    47%    325議席/475議席中
2017年10月22日    37%    313議席/480議席中
2021年10月31日    48%    293議席/465議席中
2024年10月27日    41%    215議席/465議席中
2026年2月8日      62%    ??議席/465議席中

ここに並んだ数字は、単なる記録ではない。その時々の国民の熱狂、失望、そして諦めが凝縮された結晶だ。「衆院選投票日」と「投票日に一番近い(選挙後に与党となった)内閣支持率」と「獲得議席」の関係をみていく。

これをみると、おおむね「支持率が高ければ獲得議席も多くなる」傾向はあるが、必ずしも連動しないケースも目立つことがわかる。

「野党の弱さ」と「小選挙区制のマジック」

まず、正の相関が綺麗に出ている例を見てみよう。2005年の郵政解散や、2009年の政権交代選挙がそれに当たる。

05年は小泉政権の58%という高い支持率が、そのまま熱狂的な「風」となり、300議席を超える圧勝劇を生んだ。また、09年は麻生内閣の支持率が18%と低迷し、民主党が歴史的圧勝(308議激)を収めた。

国民が明確な意思を持ち、一つの方向へと雪崩を打って動いた結果だ。

一方で、数字の乖離(かいり)が激しい時期もある。「低支持率でも勝てた」ケースだ。

2000年、2014年、2017年を見てほしい。内閣支持率は、17%、47%、37%と、決して高いとは言えない。特に2000年の17%という数字は、本来であれば政権が維持できるレベルではない。2017年の37%も、危険水域に近い。それでも、与党は過半数を大きく超える議席、時には300議席以上を確保している。

ここには、「野党の弱さ(多党乱立)」と「小選挙区制のマジック」という二つの要因が働いていた。

当時の野党は分裂し、候補者を一本化することができなかった。有権者からすれば、内閣は不人気だが、「他に投票したい野党がいない」、あるいは「野党票が割れた」状態だったのだ。結果として、与党候補は低い得票率でも当選できてしまった。敵の失策に助けられた勝利、とも言える。