薬の開発研究における課題

症例数が少ない希少がんの問題として、薬の開発研究が進まないことも挙げられます。本来、新薬の臨床試験では100人から1000人規模での比較試験(新薬と従来の標準治療、もしくはプラセボ=「偽薬」を比べます)を行い、どちらのほうが効果があったか(腫瘍縮小率の高さ、長生きしたかなど)を統計的に調べます。

新薬のほうが良い結果を出していれば承認されるのですが、希少がんの場合はそれ以前の問題として、十分な数の患者さんを集めることが困難でした。

そのため、2021年には抗がん剤の承認のためのガイドラインが改定され、希少がんに関しては少人数の臨床試験でも薬が承認されるようになり、以後は新薬の効果の有無を判断するのに、その希少がんに関する過去の治療成績と比較する方法を取ることができるようになりました。過去の治療方法と比べて効果があったかどうかを判定することで承認を受けられるように、条件が緩和されたのです。

こうした希少がんの治験に関するデータは、日ごろから計画的に集めていく必要があります。2017年には国立がん研究センターが主導する形で患者さん、医療機関、製薬企業が連携した「MASTER KEYプロジェクト」が発足し、国内の主要な施設で希少がんの疾患登録が始まりました。データの集積および蓄積に必要な人員/組織づくりをサポートし、希少がんの研究や治療開発の推進を目的とする国家的プロジェクトです。

この取り組みに参加する国内施設は増えてきており、またアジア各国との国際的な連携も進められています。こうして集められたデータを利用した国内の臨床試験も始まり、希少がんに対する薬剤の承認が進むようになりました。

一方で、多くの患者さんはご自身が住んでいる地域の中でがん治療を受けなければならないという現状があります。どのような地域であっても希少がんに対応できる体制もつくらなければなりません。

駒込病院でも2024年に「希少がんセンター」を発足し、都立病院間での合同カンファレンスを始めるようになりました。2025年からは東京都のがん診療連携の取り組みとして、国立がん研究センター中央病院、がん研有明病院、東大病院と駒込病院で「希少がん・原発不明がん」の診療上の問題を解決するためのワーキンググループが開かれることになりました。

まだまだ、国内における希少がん治療の医療体制は整っているとは言えませんが、少しずつ進み始めています。

築地にある国立がん研究センター
築地にある国立がん研究センター
すべての画像を見る

患者会による活動

必要とする人に正しい情報を届けるために、患者さんとご家族も活動を行っています。2018年には「日本希少がん患者会ネットワーク」が発足し、〝希少がんコミュニティ オープンデー〞といった患者間での交流の会を、現地とオンラインのハイブリッド形式で毎年開催し、患者・家族・医療者・製薬企業などの立場を超えて語り合う「対話の時間」を設けるなどしています。

私もこの会に参加する機会をいただきましたが、そこに出席した患者さん、そのご家族のお話は非常に切実でした。

息子さんが希少がんと診断されたものの、どうしたらよいかわからず、藁にもすがる思いでこの会にやってこられたというご高齢のお母さまや、治りたいとの一心で治験に参加したものの、もしかすると自分がプラセボ薬群(新薬の治療効果判定のために、薬効のない「偽薬」を比較対象として投与されるグループ)に割り当てられていて、新薬の治療を受けられていないのではないかという不安を語られていた患者さんなどの、多くの正直な声を聴かせてもらいました。

医療は医師だけが主導するものではありません。患者さん側が主導して声をあげることで、医師には気づけない問題を解決する道が開けるのです。

文/下山達

〈関連イベント〉
東えりかさんの『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』の刊行を記念して、12月20日(土)に大阪の隆祥館書店でトークイベントを開催いたします。ゲストは大阪大学名誉教授の仲野徹さんです。詳細は以下のURLよりご確認ください。
https://note.com/ryushokanbook/n/n0a73f3df4476

いかりや長介さんや森永卓郎さんも罹患…「原発不明がん」はなぜ発見や診断が難しく、治療も困難なのか?_4
見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録
東 えりか
見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録
2025/10/24
2,200円(税込)
336ページ
ISBN: 978-4087817683

【各界から絶賛の声、続々! 第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作】

理不尽極まりない、まさに「見えない死神」。明日は我が身。震え上がりながら一気に読んだ。
――成毛眞氏(「HONZ」代表)

哀しみの底に沈みながらも、決して諦めない。検証し続ける。その圧倒的な想いの強さに胸うたれる。
――小池真理子氏(作家)

著者は、愛する人を「希少がん」で亡くすという個人的な体験を病の普遍的な記録にまで昇華させた。苦しみを同じくする人々や医療難民にとって必見の情報と知見がここにある。
――加藤陽子氏(歴史学者)

ある休日、夫の東保雄が原因不明の激しい腹痛に襲われた。
診断の結果は「腸閉塞」。そのまま入院し、検査を繰り返すものの、原因が特定できない状態が続く。
病院側も見当がつかないようで、困惑を隠せない。
他の病院でもセカンドオピニオンを求めたが、新しい情報は何も得ることができない。
「がん細胞が見つからない限り、がんではない」
ただただ、医師のこの言葉を信じるしかなかった。

その後も時間ばかりが過ぎ、夫はどんどん衰弱していく。
入院から3ヶ月後、突如「クラスⅤの悪性細胞」が発見される。
医師から告げられたのは「原発不明がん」という耳慣れない病名、そして夫の余命はわずか数週間ではないか、という衝撃の事実だった。

この「原発不明がん」とは、一体いかなる病気なのか?
なぜ、長きにわたって何の手がかりも得られず、診断にこれほどの時間を要したのか。
入院と診断、抗がん剤治療の断念、在宅での緩和ケアの開始、そして看取り……。
発症から夫が亡くなるまでの約160日間を克明に綴るとともに、医療関係者への取材も行い、治療の最前線に迫ったノンフィクション。

amazon