妬みめいた言葉が頭に浮かんだ自分のことを恥じている

林さんには、どのような心理的背景があるのでしょうか。

林さんは、新規部門のリーダーとして、部下と協力しながらチームを引っ張ってきた自負がありました。しかし、明らかに自分よりも優秀な部下の登場により自尊心(自分自身に対する肯定的な評価や価値観)が揺らぎはじめ、複雑な心境になっています。

Kさんのプレゼンの提案に対し、聞いた瞬間はカッとなったものの、自分よりKさんがプレゼンをしたほうが成功率は高まるだろうという現実的な判断に思い至り、ジレンマに陥りました。そのため、不快感や緊張を覚えるようになっていたのです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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そして、この心理的不快感を解消するため、「これは新参者の仕事ではない」「決裁権を持つリーダーがやるのが当然の大仕事」というように考え、自分の好ましくない状況を都合良く解釈しようと試みていました。

このように、不快な状況を自分に都合良く解釈しようとする心理を、「認知的不協和」といいます。これを提唱したのは、アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガー(1919 - 1989)です。

「認知的不協和」の説明で頻繁に引用される話に、イソップ童話の「酸っぱいブドウ」があります。空腹のキツネが、美味しそうなブドウが枝から垂れているのを見つけたものの、何度跳んでも届かないので、「あのブドウはどうせ酸っぱくてまずいだろう、誰が食べるものか」という捨て台詞を吐きながら去っていったという物語です。

ブドウに対する「美味しそう」という認知と「何度跳んでも届かない」という認知の間でジレンマが生じ、キツネは不快感を抱いてしまいます。そこで、「美味しそうなブドウ」を「酸っぱくてまずいブドウ」に変換することで、認知の均衡を保とうとしたというわけです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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私たちは両立しないような考えや状況を同時に持ったとき、不快感や違和感を覚えることがあります。そういった状況は、自身の言動に一貫性を保ちたいという欲求を持った人間にとっては不快であり、その状況を解消したいと考えます。

筆者は、定期面談で林さんチーム全員と話す機会があり、林さんとKさん双方から話を聞きました。

林さんは、ここに至るまで新規事業部門のリーダーとして、皆をまとめ良いチームをつくってきたという思いがありました。しかし、部下たちが自分よりも優秀なKさんを頼るようになってきたことについて、モヤモヤを抱えはじめたということでした。

彼の抱える“モヤモヤ”は、焦燥感や自尊心の低下によるものでしょう。それでも彼は、Kさんに対してネガティブな感情を持ったり、発言をしたりすることは“器の小さい人間”がすることだと自分に言い聞かせていました。自分の感情に蓋をして、チームの他のメンバーと一緒に、「Kさんは本当にすごいなぁ」と言っていたようです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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林さんは、周りから人柄が良いと言われるだけあり、筆者にもKさんのことを批判的に話すことはありませんでした。Kさんがプレゼンのことを言い出したときには「新参者が……」という言葉が咄嗟に浮かんできたものの、そのような妬みめいた言葉が頭に浮かんだ自分のことを恥じていると、正直に話していました。プレゼンはKさんがやったほうが確実にうまくいくと思うけれど、いろいろな感情が押し寄せてきて即答できなかったということです。