大阪の下水道は万博会場に通じる

湯澤 書籍のなかに、万博会場の夢洲が、ウンコも埋め立てられている土地として出てきます。この部分は、すごい迫力がありますね。地中から湧き出てくるメタンガスに引火して、トイレ棟が爆発した。こんな嘘みたいな本当の話があって、その理由も説明されています。華やかな会場の下に、実はウンコやゴミなど、いろんなものが埋まっている。

山口 大阪市のウンコも含めたゴミが激増していく時期と、夢洲の造成の計画ができるタイミングは重なります。湯澤さんが『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』で指摘しているように、人口が増えると、そういう問題が生じてくるんです。

湯澤氏が書いた『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか ――人糞地理学ことはじめ』 (ちくま新書)の表紙
湯澤氏が書いた『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか ――人糞地理学ことはじめ』 (ちくま新書)の表紙

湯澤 ウンコの行き場がなくなるってことですね。

読んでいて、取材で飛び回ってるようすがよく分かりました。下水処理場から漁協まで、いろいろ訪れた中で、どの取材が一番大変でしたか?

山口 意外と、夢洲かもしれません。2024年の夏に万博協会(2025年日本国際博覧会協会)に取材を申し込んだんですけど、私はフリーで活動しているので、そんな有象無象は相手をしてられないという反応で、断わられました。自力で行ったら、当時の夢洲は大屋根リングはあるけど、ほこりっぽくて、むき出しの土地という感じでしたね。

夢洲は現役の最終処分場ですが、万博の工事が本格化してからは、廃棄物の受け入れを止めています。島がどうやってできるのか知りたくて、同じような人工島が神戸の沖合に作られているのを見に行ったんです。7、8月は暑すぎて見学を受け入れてなくて、9月の中旬にやっと再開されて、訪れることができました。

建設中の人工島は、日光を遮るものがなく、ものすごい暑さでした。参加した高齢者が熱中症になりそうだってブーブー言ってるぐらい。人工島の夏って過酷だと感じました。それでいくと万博、大丈夫かなと思ってます。

湯澤 ものすごいエネルギーで冷却する……とか? まさかね。

夢洲で開催されている大阪・関西万博(写真/Shutterstock)
夢洲で開催されている大阪・関西万博(写真/Shutterstock)

経済発展でウンコの質が変わった

湯澤 読んでいて面白かったのが、小説家の開高健さんが東京オリンピックの前年の1963年に、当時の日本人は食糧事情が良くなくて、ウンコの栄養が足りないという話を書いているんですね。都内の下水処理場で、ウンコ由来の汚泥をメタン発酵させて発電したいけど、まだできないと。

日本が豊かになって、油や砂糖といったカロリーの高い、いいものを食べるようになったことで、今は1960年代とは全然違うウンコがあり余っている。こういうウンコの質的な変化を指摘した本は、『ウンコノミクス』が初めてじゃありませんか? 経済発展がウンコの中身に反映されているっていうのは、大事な指摘ですね。

開高さんが当時訪れた下水処理場は、東京都江東区の砂町でしたっけ。

山口 はい。今も稼働している「砂町水再生センター」です。『週刊朝日』に載った「ぼくの“黄金”社会科」というルポルタージュは、原文をそのまま今の本には引用できないくらい、強烈です。生のウンコがある状態を見ていて、臭気が行間から立ち昇ってきます。しかも当時は、それを東京湾に海洋投棄してたんですよ。

湯澤 処理しきれずに、船に乗せていって、沖合でばらまくんですね。

法政大学の湯澤規子教授
法政大学の湯澤規子教授

山口 今の砂町水再生センターは、施設も当時の面影がないくらい綺麗になっていました。下水処理の分野では、働き方改革もあるし、それ以前から機械化や自動化が進んでいます。都の職員も、今の労働環境はいいと話していました。

湯澤 当時はできなかった発電も十分できる環境になっていて、ウンコの処理は人知れず変わっています。この60年でイノベーションがあって、イメージ改革もあった。市民の日常が滞りなく続くように、ものすごい努力があったんだけど、誰もそれを知らない。

山口 下水道や浄化処理って、本当に注目されないですね。