豊昇龍の横綱昇進は時期尚早だったのか

実力的な疑問について有識者がそれぞれの意見を交わし、議論を重ねた上でポジティブな見解を尊重しての昇進だったとすれば、特に問題はなかっただろう。ただ年6場所制に移行してからの横綱昇進としては最も低調な成績であり、最初から横綱にすることありきで全員が議事に臨んでいたのではないかという疑念が残る。

豊昇龍にとって痛恨事だったのは、横綱審議委員会の決定について世間的に「今年10月に行なわれる大相撲ロンドン巡業のために作られた横綱」と揶揄する余地を作ってしまったことではないかと私は思う。実際、SNSを見ているとロンドン公演に言及する批判の声は散見される。

また、新横綱として挑んだ今場所での低迷についても同情の余地はある。

歴代の横綱たちも新横綱として迎えた最初の場所では、半数もの力士たちが10勝以下で終わり、成績が低迷しやすいことはデータからも歴然だ。そこには日馬富士や鶴竜といった近年の力士もいれば、朝青龍や曙といった名横綱まで含まれている。新横綱のお披露目場所は、文字通り鬼門と言える。

第64代横綱・曙太郎(日本相撲協会公式サイトより)
第64代横綱・曙太郎(日本相撲協会公式サイトより)

さらに、豊昇龍といえば、その荒々しい個性もアンチ感情を煽る結果になっている。

闘志が表情に出やすく、相撲にもその気性の荒さが如実にあらわれる点については好き嫌いが明確に別れる。「武道の美」という視点からすると遠い位置にあるものだが、「格闘技的な強さ」だとこれほど分かりやすいものはない。

横綱に品位を求める好角家の間では、その激しさを受け入れられないファンも一定数いるため、アンチ感情が強まると勝っても負けてもその言動に厳しい言葉を投げかけられることになる。今場所の低迷に批判が多いのはそうしたアンチがいるという事情もある。

しかし、横綱に昇進した今場所ではそうした気性の荒さは抑えて、きわめて横綱らしい相撲をとろうとしているように見受けられた。横綱として、これまでに見せてきた立合いでの変化は封印すると公言していた。そうした技の選択肢が減った中で成績を伸ばすには相応の時間を要するかもしれない。