抗がん剤を使わないがん治療の在り方
――ご自身が体験したからこそ、これから悩むであろう人たちに道を示せるのだと思います。倉田さんが同じ状況にいる人に対してなにか言うとすれば、どのようなことでしょうか。
どんな治療をして、どんな治療をしないかは自分で決められるということです。逆に万人に効果的な治療法もありません。だからこそ、自分やご家族の病気がどのような状況にあって、残りの時間をなにに使うのかを熟慮することは大切だと思います。
夫のときは、一口にすい臓がんと呼ばれるものが、実はいくつもに細分化されていることを知りました。また、「すい臓がんが治った」と言われているものの中に、そもそも最初の診断が誤診であったものが含まれていることも専門医に聞きました。
転移しにくく治療しやすいすい臓がんと夫のすい臓がんが異なり、かなり予後の悪いものであることも同時にわかりました。そうした中で、人生をどう使うか。ただ漠然と医師に任せるのではなく、自分で納得して決めることが肝要だと思います。
――反面、がん患者の選択としては完全なマイノリティになるわけですが、それについて社会の視線を感じる場面はありますか。
今回の書籍刊行にあたっても、大手メディアは「抗がん剤を使用していないことを強調されると困る」と難色を示すのはわかっていたので、自費出版を希望していました。
たまたま昔から付き合いのある古書みつけの社長・伊勢新九朗さんが協力してくれることになり、“半分自費出版”が実現しました。
ほかにも感じる点としては、標準治療をして亡くなった人に対しては総じて「頑張ったね」と労いの言葉がかけられるのに、抗がん剤を使っていないと言うと「もったいない」「抗がん剤を使えばもっと生きられたのでは」と否定的な言葉がかけられます。どの選択も尊重されるべきではないかと思います。
――自宅で看取ることを選び、実行した今、なにを思いますか。
宣告されたときから、夫は「痛いのは嫌だ」「抗がん剤は受けない」と言っていました。闘病に際して私が参考にしたのは、小説家の山本文緒さんと、今年1月28日に亡くなった経済学者の森永卓郎さんでした。おふたりとも、1度は抗がん剤治療を受け、その後に抗がん剤治療をしない選択をしています。
一般的に病院でできることはたくさんありますが、末期がん患者にとっては実はそこまで多くありません。それこそ外科処置と点滴くらいではないでしょうか。しかしたとえば痛み止めの点滴なども、そこまで劇的に効果があるわけではないんです。
それに意外と、そこまで苦しむことなく自分の人生を生きることができることもわかりました。夫が望んだ場所で、彼をひとりにせずに逝かせてあげられて、「結婚した意味があった」とホッとしました。
森永卓郎さんはお仕事でいろいろとお世話になり、励ましてくださることも多かったのですが、彼が自宅で亡くなったという報道をみて、よかったと感じました。
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取材・文/黒島暁生 撮影/濱田紘輔