文章からワードをくりぬいて詠 む
――SHUNさんは私的な経験を短歌にしている。増島さんは自分が経験していないことを物語にしている。対照的でもありますよね。
SHUN 『路、爆ぜる』を読んでいて、作者はどんな人だろうと想像したんですよ。バスケやってて、格闘技もやってて、犯罪チックな悪いことも知っていて、みたいな。どんな人なんだろうと。じゃなければ、どんなすごい取材能力を持っているんだろうとか。恐ろしいなと思いました。対談前に、ちょっとビビってましたね。今お話ししていて想像と違ったので、どうやって書いたんだろうって思いました。
増島 どうやって……。めっちゃ適当かも。適当って言ったらあれですけど。
SHUN (笑)。最高っすね。お会いして納得したところがあります。思考の真面目さとか。
増島 どうですかね。短歌と違って小説は文章量があるので、自分を出さなくてもごまかしが利くのかなって思いますけど。
SHUN 「小説すばる」に連載していたんですよね。毎回何枚ぐらい書いたんですか。
増島 一回七十枚ぐらいですかね。
SHUN すごいですね。文章表現もすごく好きで、これってもう既に短歌じゃん、という箇所がいくつもありました。さっきも言いましたけど空とか風景描写がいいんですよね。
増島 ありがとうございます。文章は大沢在昌さんから影響を受けてますね。大沢さんが、流れが停滞したら風景描写をしろ。空か地面か街を書けみたいなことをどこかでおっしゃっていて、会話が多なったなと思ったら、風景描写に逃げてました。
でも、街の描写っていっても、知ってる場所しか書けないので、その辺はやっぱり実体験に即してますね。食い物とかお店とか、実在しているものがほとんどで、自分の好きな店ばっかです。知らないと書けないので、今、歌舞伎町を舞台に小説を書いてくださいって言われても、行ったことがないので書けません。SHUNさんはエッセイとか長い文章も書かれるんですか。
SHUN 「歌舞伎町で待っている君を」っていうエッセイの連載を「幻冬舎plus」っていうウェブマガジンでやってます。エッセイでは短歌をつくる過程を書いている感じですね。基本的にいつも頭の中であれぐらいの文章がばーってあって、その中から好きなキーワードをくりぬいて短歌をつくってるイメージです。
長い文章の中から言葉を抜いたり、どんどん削っていく作業が好きなんですよね。そうすると言葉の意外な組み合わせが見つかる。短歌には今までにない言葉の組み合わせが求められると思うので、そういうやり方がいいのかなって。
増島 僕も文章を削るのは好きですけど、SHUNさんのように、こんなかっこよくはそぎ落とせないですね。
SHUN そうですか? 格闘シーンの描写が最小限の言葉じゃないですか。「刃物を逆手に持ち、何度も振り下ろす。血が迸り、悲鳴が谺した」。ケンカの時間が短いのもリアルだと思いました。
増島 長い戦いはどうやってもアクション映画には勝てないなと思って、短い格闘シーンと少ない言葉でやってます。
SHUN ぎゅっとしてる。そこが面白い。
コロナで金を儲けたぜ、と思えるように
――『路、爆ぜる』はコロナ禍の大阪が舞台です。今読んで、ああ、こうだったと思い出す読者も多いと思います。
増島 僕が大学三年生の終わりぐらいにコロナが流行し始めたので、大学生活の最後の一年間、まるまるコロナにつぶされたんです。コロナやったからこその出会いとかもあることはあるんですけど、総じてクソみたいな期間やったなと思って。コロナ禍に設定したのは、書き始めぐらいはまだコロナ禍だったということもあるんですけど、コロナで一つ小説を書けば、コロナで金を儲けたぜ、って後々思えるな、と。そういう浅はかな動機です(笑)。
SHUN コロナ禍の時は歌舞伎町も大変でした。すごい疎外感がありました。ホストクラブはとくに悪者扱いだったので、自分がばい菌になったように思っちゃいました。同じ東京の中なのに実家に帰れなかったんですよ。何か言われそうで。もちろんホストクラブも営業できなかったですし。
ちょっと面白かったのが、マスクしてるから売れるホストが現れるんです。ただ、その後、マスクを外すと売れなくなる(笑)。つらい。それはそれで面白い―って言ったら語弊がありますけど。
増島 それぞれのコロナ禍があったということですね。僕自身は自粛はしてなかったんです。けど、僕が一人で自粛しないで出歩いても、町がシャッターだらけだったんであんま意味はなかったかと(笑)。バーへ行っても八時で閉められて「すみません」ってマスターから謝られて。
SHUN お酒、飲みます?
増島 めっちゃ飲みます。『路、爆ぜる』に出てくる酒は事実に即してます。好きなお酒ばっかり出してますね。
SHUN やっぱそうっすよね。お酒の描写もいいんですよね。最初に椎名が酒を飲んで「ボンドのような味がする」とか「口を閉じたまま、ゲップをする。苦い」とか。メモっちゃいましたもん。
増島 妻が言ってたんです。妻は酒、飲まないんですけど、一口くれって言われて渡したら、ボンドの味がするって。
「トー横・グリ下大短歌大会」!?
SHUN 『路、爆ぜる』で好きな流れがあるんです。澤田っていう昔気質 の刑事が娘に「子供に綺麗事を言うのが、大人の役目や」って言う場面があって、その後に椎名がグリ下の子たちに綺麗事を言う。その流れがめっちゃよかったです。
増島 うれしいです。今回は、その娘、伊織がお気に入りのキャラでしたね。ヒロインの凜より伊織のほうがかわいいなと、内心思いながら書いてました。
SHUN 父親との会話がいいんですよね。ポンポン言いたいことを言って。父親と伊織の「この世界は、美しい」「りょ」っていう会話もよかったです。
増島 キャラが勝手に動いてくれはしないんですけど、勝手にしゃべってはくれるんで。
SHUN 『路、爆ぜる』は大人って何だ? って話でもありますよね。
増島 そうですね、僕ももう二十五歳なので、大人にならなあかんなと。子供の側に立っているだけではだめで、大人の目線でも物事を見てみるみたいなことをやってみようと。四つ上の仲のいいいとこが子供を産んで、その赤ん坊を抱いてたら「子供っていうのはこういうもんやな。僕は子供じゃないな」と。
これから大人になるグリ下の子たちにも読んでほしいですけど、どうやったら届くかな……。近づいていって、タバコ、吸う? って話しかければいいんですかね。
SHUN 位置取りですね。僕もトー横で歌会をやってみたいと思ってるんですけど、トー横キッズの中に入って、地面に座ったほうがいいかなとは思ってますね。
そういえば、『路、爆ぜる』を読んでメモした中に「トー横・グリ下大短歌大会」って書いてます(笑)。面白そうですよね。関西弁の短歌がもともと好きなんで、どんな歌になるのか見てみたい。増島さんはどうですか? 増島さんがどんな短歌をつくるのか気になっちゃいました。
増島 僕には無理ですね。圧倒的に知識がないんです。
SHUN 知識がなくてもチャレンジできるのが短歌の魅力なんですよ。『路、爆ぜる』の中にもかっこいい表現がいっぱいありますし。
増島 短歌をつくるとっかかりが分からないですよね。小説の場合は、書きたいシーンとか会話が何個か頭に浮かんで、それを無理やりがっちゃんがっちゃんつなげていく。足し算みたいなやり方でやっているんですけど、短歌は引き算の美学みたいなものですよね。そんなそぎ落とされた芸術をつくれる気がしないです。
SHUN いや、増島さんの文章から切り出したらとんでもない歌が出てきそう。
増島 本当ですか? 短歌は三十一文字ですけど、百四十字くらいもらえたらいいんですけど。がんばってみます。
「小説すばる」2025年2月号転載