東出からふるまわれる豪快なもてなし
報道によって自分の像がどうしようもないほどに凝固してしまう恐怖を嫌というほど味わったはずだ。身から出た錆とはいえ、想像するに、行き過ぎた内容の報道もあったに違いない。
恐れと嫌悪を抱いてしまうのがごく自然な状況で、東出は、メディアを遠ざけるどころか、無防備なほどに受け入れていたし、メディアの人間もそんな開けっぴろげに見える東出にすっかりほだされてしまっているように映った。
じつは取材前日の夜にバーベキューをしているとき、東出が再婚することを発表したばかりの夫人から、東出が自ら撃ったシカ肉の差し入れが届いた。生でも食べられるというシカ肉は牛や豚では味わえない旨味に満ち、われわれにひとときの幸福をもたらした。
だからだろう、シカ肉に舌鼓をうったあと、編集者はすかさず提案してきた。「この肉の味はいったん忘れましょう」と。賛成だった。
東出に取り込まれてしまう理由。そのうちの一つは、このもてなしにあると思った。東出が出ている映像を観ていると、山に彼を訪ねた人たちは十中八九、シカ、イノシシ、クマといった野生動物の肉をふるまわれる。
色男の手によって作られる豪快な料理は山中というシチュエーションも相まってそれだけで絵になるし、とにかくうまそうだった。「食べ物の恨みは一生」という言葉があるように「食べ物の感動も一生」である。だから、食べ物の味と、彼への情はいったん切り離さなければならないと私も思った。
にもかかわらず、われわれは早朝の東出の粋なゴーサインにやられかけた。なんと素敵な取材の幕開けなのだろう、と。まるで、自分が映画の登場人物になったかのような錯覚に陥りかけた。
いつでも出発できるよう準備していたわれわれは、9時まで待たずに東出のもとを訪ねることにした。家の前には映像で何度も観た傷だらけの、薄いブルーのプリウスが停めてあった。雪道で何度となくスリップし、そのたびに岩に車をぶつけてしまったのだという。
「東出です」
迷彩柄のパンツに黒い無地のTシャツ。長い髪は力士のように後ろで結っていた。どんなに有名であってもわざわざ自分の名を名乗る人が時折いるが、東出もそうだった。
東出は前の日の夜遅く、久しぶりに山に戻ってきたばかりだった。舞台の稽古のため、2週間ほど生活拠点を首都圏に移していたのだという。
それだけのことでも東出はニュースになった。