「理事長は“殿”」力を持ちすぎた理事会

徳川さん(仮名、管理組合の前理事長)は「私は5年間、(理事長に)居座ってて大したことしなかったけど」と謙遜しながら、「皆さんよく働いてくれた」と一同を労(ねぎら)った。

その話ぶりを見て、管理組合の理事長は、まさに“殿”的な立場なのだという印象を受けた。殿は言うまでもなく、徳川さんだ。

殿の周辺に数字が得意というような特殊技能に優れた重臣らが集まり機能しているのが、この施設の理事会である。

ここにはスペシャリストが揃っているのですね、と徳川さんに水を向けてみた。

「いえいえ、そうですね。酒井さん(仮名、管理組合の元副理事長)は、どっちかというと塩ビ(ポリ塩化ビニル)のスペシャリストで。温泉の管なんていったら、この方が一番詳しい」

ずいぶんとマニアックな話だと思った。徳川さんの話に相槌を打っていた私を見ながら、酒井さんは「そんな、感心するほどのことでも」と謙遜した。

徳川さんが続ける。

「酒井さんは、日東関係でしたっけね? 日東化学の子会社関係の、石油化学のプラスチックメーカーの」

「私は普通の技術者ですね」

「でも、工学部出身で助かってますよ。奥様は同じ会社にいたんですよね。で、井伊さん(仮名、〈メンバー会=居住者の会〉の監査役)のご主人はさっき話したように霞が関の官僚で森林関係の仕事。アマゾンを歩き回ってた人ですから、すごいですよ。奥さんは、そこにアルバイトに行って知り合いになったというね。私の家内もニューヨークが2年半。私と結婚してからロンドン、オランダと15年くらい外に出ていました」

(画像はイメージです)
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彼らの話から、理事会が施設の諸問題について取り組んできたことはよくわかった。

A4用紙(取材のために用意された、理事会の“実績”を記した資料)に書かれていた次の一文を読んでも、理事会メンバーの使命感のようなものがひしひしと伝わってくる。

〈管理会社に「おんぶに抱っこ」では何もはかどらない〉
〈予算をケチって修繕を怠ったことはない〉
〈先行きの修繕費には不安は一切ない(28年の大規模修繕も25年度あたりで資金手当てのめどがついており、世間・マスコミを騒がせている修繕費不足の問題は当館にはない)〉

だが、こうした理事会が力を持ち過ぎたとしたらどうだろうか。管理会社や他の居住者との間で、軋轢(あつれき)や摩擦を生まないだろうか。そんな疑問が浮かんだ。

これまで高級老人ホームを取材してきて、これほどまでにパワフルな理事会は見たことがなかった。

そしてこの後、徳川さんらの話に耳を傾けると、理事会がただの理事会ではなくなっているのではないかという思いが確信に変わってきた―。