アイドル誌の記事などでは読めない
見えない心の部分を言語化したかった
―― 第二編以降は、どのように主人公選びをしていかれたのでしょうか。第二編「夢のようには踊れない」はブスいじりに心を痛める入所四年目の〝もっちー〞こと持田良 が主人公、第三編「愛は不可逆」の主人公は入所三年目の超絶イケメン天使・和田遥歌 です。
「省エネ」の透から始まったので、次の章では対照的というか、自分がアイドルであることやいつかデビューすることに対してがむしゃらな、もっちーを主人公にしました。その次の章では、もっちーと一番対照的なキャラクターである遥歌を主人公に。もっちーと遥歌は、「美醜」で対比になっています。アイドルの話を書くならば、容姿に関することは入れないとウソになるなと思ったんです。私は、六人の中であれば推しはもっちーなんですよ。実際にパフォーマンスを見たら好きになるのはもっちーだなと思うし、マイナスの面は持っていて誤解されがちなんだけれども、ベースとしてはいいやつ。六人の中で一番人間臭いと思います。
―― 作中世界では、一番人気は遥歌です。ファンの間では大人しいイイ子だと思われているけれども……。
一番ぶっ飛んでいるのはたぶん、遥歌です。アイドルとしては表に出せないことを、一番たくさん抱えている。
―― 〈プロ意識プロ意識言うなら、そっちだって、ファン意識高く保ってよって思う〉という言葉を飲み込んでいたりします。
あれは、オタクを刺しにいっていますね。自分自身を刺すぐらいの勢いで書きました。応援って、危うさもあるじゃないですか。本人は「あなたのためを思って言っているんです」というテンションで応援しているつもりなんだけど、はたから見たら、それはその人を傷つけていたりする。でも、そこってアイドル側からは言えないんですよね。思っていてもなかなか言えない。だからこそ、小説の中で書きました。アイドル誌の記事などでは読めない、見えない心の部分を言語化したかったんです。
―― そこは、小説家の出番ですよね。
「推し活」がブームになって久しいですが、推す側の人たちの言葉って溢れていると思うんです。でも、推される側って言葉を持ちにくいというか、言葉がまだまだ少ない。本当はこういうことを言いたいんだけど言えないんだろうなとか、このことでくすぶっているんだけどまだうまく言語化できていないんだろうな……と、インタビュー記事などを読んでいて匂う時があったんですよ。コンサートDVDなどを観ていて、現場で観ていた時は気づかなかったちょっとした仕草の中に、その人の気持ちが雄弁に語られているなと感じることがあったんです。何かに執着するとか嫉妬するとか、何かに疑問を抱くとか、アイドルが普段表に出せないような感情を想像して、どんどん言葉にしていく。それが作家としての私ができることだし、アイドルを題材にするならばやるべきことだと思っていました。
健やかにずっと輝ける
持続可能な光であってほしい
―― 佐原さんの小説は、読んでいると必ず「えっ、そっち行くの!?」という意外な展開が訪れるんですが、本作であれば入所六年目のプロフェッショナルアイドル・三苫葵 を主人公にした第四編「楽園の魔法使い」がそうでした。ここから、ものすごくダイナミックに話が動きますよね。
連作短編なので、終盤にかけて何か大きな流れを作りたいなと思った時に、男性アイドルグループがYouTubeでやっていた企画を思い出したんです。自分が所属するグループ以外のメンバーを取り合って理想のグループを作る、というドラフト会議企画です。ファンの間でかなり人気の企画なんですよ。
―― エグい企画ですね!
それをもっとエグくしたら面白いかなと思い、こうなりました(笑)。エンターテインメント、フィクションとして、これをしたらキャラクターたちの関係性が大きく変わるいいギミックになるはずだ、と。
―― そのギミックがどんなものかは、実際に読んで確かめてほしいところです。第五編「掌中の星」の主人公は、入所五年目で芸能一家に生まれた真田蓮司 。第六編「スターゲイザー」は入所一〇年目の〝若様〞こと若林優人 が主人公です。
雑誌掲載のたびに毎回、熱烈なファンレターを送ってくださった読者さんがいるんですが、「蓮司がやばい」と言ってもらえて嬉しかったです。六人の中で、リアコ(=リアルに恋している、を意味する推し用語)枠は蓮司かな、と思っていたので(笑)。最後は若様にしようというのは、最初の段階から決めていました。第一編が「余命」の会話から始まっているので、最後は「余命」ぎりぎりの人を出したかったんです。
―― 蓮司と若様の関係性が素晴らしかったです。若様は、自分の才能に気づいていないんですよね。それを、蓮司はもどかしく思っている。
自分の才能に気づけていないというエピソードは、第一章の時からちらちらと入れていました。この小説のタイトルは『スターゲイザー』、星を見る(gaze=凝視する)人という意味です。そこにはファンが「スター」であるアイドルを見るという視線もあるし、コンサートでサイリウムを揺らす客席の星空っぽさに象徴される、アイドルから見たファンという視線もあります。それともう一つ、アイドルから見たアイドルという視線も重ね合わせているんです。本人は気づいてないんだけれども、すごく光っている部分を仲間がゲイズすることで、その人が変わっていく……そんな話にもなっているのかなと思います。
―― お互いを見つめ合ったからこそ、どんどんこの六人は強くなっていった。その先に、あのゴールテープが待っていたのは必然だったんですね。
私、小説を書いていて泣くことって今までなかったんですけど、最後はめっちゃ泣きながら書きました。それはたぶん、アイドルとしてステージに立っている彼らが感じたものと、作家としての自分が見たものとに通じ合うところがあったからで。イベントとかサイン会の時に、読者の方から「同じ時代に生まれてよかったです」と言ってもらって、自分はすごい仕事をしているんだなと驚いたし、感動したことがあるんですよね。その気持ちが、最後のシーンとリンクしていったんだと思うんです。書き終える時は、祈りに近いような感覚になったのをよく覚えています。アイドルオタクとしては、私の推している人たちが健やかにずっと輝ける、持続可能な光であってほしい、と。それと同時に、私自身も持続可能な光であり続けたい、と強く思いました。
―― 振り返ってみれば最初から最後まで光の話、でした。
光は、全体を貫くテーマでした。第一編で代替可能な光について書いて、第二編で隣に光が当たることに対するコンプレックスの話をやって、第三編はスポットライトが怖いという話で……。その後は、光にスターの比喩がだんだん絡んでくる。
―― 佐原ひかりという名前の作家が、「光」の話を書く。これって、何度もやれることではないですよね?
そうですね。一生に一度しか書けない、私にとって特別な作品になりました。