親が寝静まった後に訪れた夢のような時間

ところで、当時まだCATVの土壌がなかった日本では、若者受けが100%約束されたこの新しい音楽メディアに対してどんな動きがあったのか、少し思い出してみよう。

1981年に『ベストヒットUSA』、1983年に『SONY MUSIC TV』、1984年に『ザ・ポッパーズMTV』などが民放テレビで始まって、その雰囲気を丁寧に伝えてくれていた。

真夜中に放送されるそれらの情報番組は、音楽を心の底から愛する少年少女たちにとって、親が寝静まった後に訪れる夢のような時間だった。そしてビデオ・ジョッキーのマーサ・クィンに恋したりもした。

MTVの初代VJであるマーサ・クィン。80年代のMTVの顔となった女性だ。写真は2012年頃のもの
MTVの初代VJであるマーサ・クィン。80年代のMTVの顔となった女性だ。写真は2012年頃のもの
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次に流されるビデオクリップやアーティストの最新情報が楽しみでたまらなかった。そして印象的なジングルとMTVのロゴは、いつも遊び心に満ち溢れていた。深夜の創造力をかき立ててくれた。

1990年代後半にネット・カルチャーが台頭して、好きな時に好きなものをというニーズが高まるにつれ、ビデオクリップを一方通行的に流すプログラムは徐々に存在価値を失っていく。以後、MTVはドラマやリアリティ番組がメインとなった。

今夜はあの頃のように、YouTubeやサブスクで好きなビデオクリップをひたすら観るような、そんなひとときを過ごしてみるのもいいかもしれない。もちろん子供が寝静まった後に。

文/中野充浩、TAP the POP 写真/Shutterstock