清志郎「最初は気取ったヤツだと思ってた」

「自由に好きな曲が歌える国に生まれて幸せだと思う」という佐野元春の言葉は、いささか唐突な発言にも聞こえるかもしれない。

だが、忌野清志郎と主催するTOKYO FMとの間で、放送禁止歌を巡る長く続いてきた確執を考えれば、その微妙なニュアンスが伝わってくる。

そこから「僕にもラジオについての歌がある」と、ラジオつながりで始まったのが、佐野元春の『悲しきRADIO』。

『悲しきRADIO』も収録されているアルバム『Heart Beat【完全生産限定盤/アナログ盤】』(SonyMusic、2016年12月21日発売)のジャケット写真。オリジナルは1981年発売、この作品より佐野元春自身のプロデュースが開始された佐野のセカンドアルバムだ
『悲しきRADIO』も収録されているアルバム『Heart Beat【完全生産限定盤/アナログ盤】』(SonyMusic、2016年12月21日発売)のジャケット写真。オリジナルは1981年発売、この作品より佐野元春自身のプロデュースが開始された佐野のセカンドアルバムだ
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忌野清志郎はコーラスとサックスで参加したのだが、曲の途中で演奏をバックにおたがいについて語り合った即興トークが印象的だった。

僕は小学校、中学校の時、よくトランジスタラジオを
夜、眠る前に枕元に置いて聴いてました。
そこから流れてくる曲はロックンロールやR&B、
そして日本のミュージシャンのレコードは、たとえばRCサクセション。
曲はたとえば「僕の好きな先生」、知ってる?
そして曲を聴いた時、ああ、僕にも、学校におじいさん先生だけど、
似たような先生がいるなぁと思って、その曲は大好きでした。
彼がその曲をいつ書いたのかは、僕はよく分からないけども、
でも何十年か経って、同じステージでこうやって一緒に歌えるなんて、
とても光栄だと思っている、忌野清志郎!

子供のころの気持ちをストレートに切り出した佐野元春。しばしの間があって、忌野清志郎が応える。

まいったなぁ、イエーッ。
まいったなぁ、佐野元春ー、イエーッ!
こいつはね、ごきげんなやつだぜ。
昔むかし、2回ほどイベントで一緒に出たことあります。
それから、彼が番組を持ってて、何度も呼んでもらいました。
そのたびに、最初は気取ったヤツだと思ってたんですが、
だんだん分かってくると、こんな面白い人はいません。
結構面白いですよ。スルメみたいに味が出てきます。
これからもよろしく頼むぜい、イエーッ!
佐野元春、イエーッ!

手拍子に合わせて佐野元春が、アドリブで観客に「PEACE、LOVE、NO WAR」と語りかける。そこからそのメッセージ繰り返されて、15分にも及ぶ『悲しきRADIO』は終了した。

忌野清志郎は自分の立ち位置の後ろに置いてあったご自慢の自転車に乗って、その夜のステージを後にする。同じステージに二人が立っていたのは、わずか30分にすぎなかったが、多くの人たちの記憶に残るライブとなった。

そしていつもならうまく言えたことがないという気持ちも、「スルメみたいに味が出てきます」というユーモラスな言葉から、この日は伝わって来たと感じた人も多かったことだろう。

文/佐藤剛 編集/TAP the POP