「腐った牛乳」が戦場では武器になる!?

鈴木は球際でも、かなり激しくぶつかる。東京戦も、ベテランの長友佑都が相手でも構わず、猛然と張り合った。相手を睨みつけるような風貌だけに、何をしても喧嘩腰に映る。
見てくれの問題として、荒くれ者なのだ。

しかし、実は器用なタイプで、華麗なターンなどエレガントな動きをするストライカーと言える。ポストプレーも、サイドに流れるプレーも、技術レベルが高い。相手を背負って巧妙にボールを収め、全身を使いこなし、的確なキックでパスをつなげる。

16節終了時点で6得点。さらに、アシスト数もリーグトップを争い、前線のプレーメーカー的センスもある。繊細な技術と体躯を生かしたダイナミズムを感じさせる選手だ。

ただ、驕慢で尊大なイメージが強く残ってしまう。彼自身、ピッチを戦場と心得ているのだろう。その熱量は、おそらく本人も持て余すほどで、味方以外にとっては鼻白むところもあるかもしれないが…。

それは一つの衝動だ。

勝利に向かって、感情に突き動かされるように体を動かす。ピッチではその本能だけ、が時に正義になる。憎まれ子世に憚る、というのか。

「Mala Leche」

スペイン語で、それは「腐った牛乳」が直訳になる。そこから転じて、「感じの悪さ」「不快さ」「不機嫌」となる。一般社会では、褒め言葉とは言えないだろう。しかし、サッカーの世界では「Mala Leche」がしばしば求められる。鈴木のケースは、まさにそれに当てはまる。

彼らのような選手は一見して感じが悪く、独善的で、周りと折り合いをつけない。たとえ悪意はなくとも、敵意は旺盛で、自らの正義で行動し、それが敵味方関わらず、周囲と摩擦を起こすことがある。言わば、「問題児」と隣り合わせだ。

ただ、それだけのパワーは持っている。それが外に向かって放たれた場合、味方にとって、これ以上、頼もしい存在はいない。敵愾心を燃やし、混迷を打ち破ってくれるのだ。