当たり前のものが怖く感じる、「座りの悪い」怖さが好き

–––大学では文化人類学を専攻されていたとうかがいました。当時学んだことで、ホラー作品を書く際に活かされていることはありますか?

異文化社会の研究をするには、フィールドワークが欠かせません。ときには、海外の僻地の部族のコミュニティで数か月生活をともにして、参与観察することもある。そうしたときに現地の習俗や文化を否定せず、ただ理解しようとするという接し方が、ホラーを書くときの根本的な姿勢になっているかもしれません。

たとえば、私は河童や幽霊が実在するかどうかには興味がなく、そうしたものを受容しているコミュニティがなぜそれを実在すると思っているのかを探求し、あわよくばその考えや振る舞いをインストールしたい、という気持ちがあります。心霊現象そのものではなく、心霊現象を体験している人の内面にフォーカスして、描きたいんですよね。

–––先程「恐怖の根源は数個に収束する」というお話がありました。梨さんが一番怖いと思うのはなんですか?

最近は恐怖に対して麻痺してきて、とても怖いホラー映画などを観ると怖くなるよりうれしくなってしまうんですよね……。怖ければ怖いほど「これ自分が思いつきたかったな」と思ってしまって、恐怖が感じられないんです(笑)。

一方で、どういう怖さが一番好きか、というのは最近わかってきました。それは「異化効果」によって生まれる怖さです。

怖さにもいろいろな種類がありますよね。大きな音や急な画面の変化で驚かせて怖がらせる「ジャンプスケア」と言われるものや、ゴア表現(身体を破壊するような残虐な表現)、化け物のような不気味な怪異……私はそういうものよりも、当たり前のものが異常に見えてくる「座りの悪い」怖さが好きなんです。

子どもが笑いながら遊んでいる光景は、お昼どきの公園で出くわすと微笑ましいですけど、深夜の路地裏で遭遇したら「えっ、なんでこんな時間に?」とゾッとしますよね。

–––寄稿されている『ジャンル特化型 ホラーの扉:八つの恐怖の物語』では、モキュメンタリーのジャンルを担当されていました。モキュメンタリー・ホラーは近年人気のジャンルですよね。

背筋さんの作品『近畿地方のある場所について』が、近年のネットホラーの形式をフル動員したモキュメンタリー・ホラーの集大成だと思っています。バラバラの情報があって、真相に向かって一つにつながるというホラーの人気がこれでかなり高まりましたが、このムーブメントももうすぐ終わりそうだと私は考えているんです。

考察系ホラーは、読者の負担が大きいんですよね。だから、メインにはなり得ない。次第にフォーマット化されて、新たな人気ジャンルが出てくるのではないかと予想しています。ホラーに限らず、ネット創作はその繰り返しですよね。

「読者に被害者になってもらうことで、当事者性を持たせたい」ネットホラーの寵児・梨が考える、この世で最も怖いと考える“恐怖の根源”とは?_02
株式会社闇が手がけたアンソロジー『ジャンル特化型 ホラーの扉 八つの恐怖の物語』(河出書房新社)