「宝の持ち腐れだろう?」
伝説的ミュージシャン、ロバート・ジョンソン誕生前夜
1936年11月23日、テキサス州サンアントニオ。
若きギタリストは古いホテルの廊下を歩き、ドアをノックする。
白人の録音エンジニアが彼を招き入れる。
「録音の経験は?」と訊かれると、首を横に振るギタリスト。
彼はエンジニアに背を向けて椅子に腰掛けると、ウィスキーを一飲みして、スライドバーを指にはめる。
“二人が同時に弾いている”ようなその演奏に、エンジニアは思わず顔を上げた。
──遡ること数年前。デルタ・ブルーズマンのサン・ハウスが、ウィリー・ブラウンらと組んでジューク・ジョイントを回っていた1930年代初頭のある土曜の夜のこと。
一人の少年が何度も自分を見に来ていることに気づく。少年はギターを弾きたがっていて、両親が寝静まった後、窓からこっそり抜け出して3人の演奏を聴きに来ていた。
休憩の時間になると、俺たちはギターを置いて外に出る。夏の間は無茶苦茶な暑さだから、身体を冷やしてたわけだ。で、俺たちのいない隙に、あいつはギターを持ってジャカジャカやりだすのさ。やたらうるさいだけだったから、それを聴かされる客はたまらない。「あんたでもウィリーでもいいから、あのガキをやめさせてくれないか。みんな頭が変になりそうだ」って。あんなの、犬だって聞いてられないぜ。俺は言ってやったんだ。
「もうやめるんだ、ロバート。お前にはギターは弾けないよ」
それから少年の姿を誰も見なくなった。しかし、それから2年経った夜。サン・ハウスらがいつものようにプレイしていると、ギターを背負ったロバートが突然入ってきた。人混みをかき分けながら、彼らの前に立った。
「お前、まだギターを持ってるのか。宝の持ち腐れだろう?」
「今はあんたらの休憩時間かい?」
「お前、何がしたいんだ? またみんなを死ぬほどウンザリさせたいのか?」
「いや、ちょっと弾かせてほしい。席を代わってくれ」
「いいだろう。口だけじゃないことを祈るぜ」
数分後、サン・ハウスたちは驚きのあまり言葉を失った。遂に“ロバート・ジョンソン”が本領を発揮し始めたのだ。
「あいつは俺たちの誰よりも、ブルーズをたっぷりプレイできるようになっていた」