県外のホテルに住み込みで働き始めたが…
明音にとっての本当の困難は、小学3年生の時だった。ほとんど帰ってこなかったはずの父親と、片付けられない母親との間に突如として子どもができ、次女が産まれたのだ。
母親は明音を産んだ時はそこまで体調が悪くなかったし、夫の両親と同居していたので子育てを手伝ってもらえた。だが、次女の場合はそうはいかなかった。自ずと、明音が家の雑用から子育てまでをするようになった。
とはいえ、家庭で常識を学んでこなかった小学生の彼女が、家のことを何から何までするのは困難だ。本人はやっているつもりでも、傍から見ればそうではない。家の中はこれまで以上に物が散らかるようになり、近所からもクレームが寄せられるほどになった。
明音は言う。
「両親がああだったので、私自身何がおかしいのかがわかりませんでした。お風呂に何週間も入らないとか、着替えをしないということが普通だと思っていた。
けど、周りはそう思わないので、学校ではいじめられ、近所の人からは怒られ、いつしか不登校になって家に閉じこもるようになっていました。学校の先生とも話したくないし、先生の方も親が親なのでどうもできないって感じでした。
ただ、たまに帰ってくるお父さんの存在が本当に嫌で、中学の頃から1日でも早く家を出ていきたいと思うようになっていました」
彼女がマンションを出るのは、中学卒業後だ。県外のホテルに住み込みで働くことにした。
ただ、それまでの成育歴もあって、明音は他の人と同じように働くことができなかった。上司の指示を聞き違え、客に突拍子もない態度を取り、信じられないような失敗をくり返す。寮での生活もうまくいかず、部屋はすぐにゴミ屋敷になった。
ある日、見るに見かねた上司が明音を呼んだ。彼女に何か問題があると考えたのだろう。明音はこれまでのことを包み隠さずに話した。上司は一通り話を聞くと、こう言った。
「明音さんはヤングケアラーだったんだね。障害のあるお母さんにずっと振り回されてきたせいで、いろんなことがうまくいかなくなっているのかもしれない」
そう言われて初めて、明音は自分がヤングケアラーだったことに気がついた。大半の人が家庭で学ぶことを、明音はまったく教えられず、むしろヤングケアラーとして母親と接する中で、さまざまなことでひずみが生じていったのだ。