1000円が2000円に。初めてビジネスができた日
そうして、日が暮れるまでに、麦茶は全部売り切れた。
1000円で買った麦茶が2000円になったのだ。ということは、2000円引く1000円で、ちょうど1000円の儲けだ。たった1日で1か月分のお小遣いと同じだけ稼げた。
それに、なんだか楽しかった。自分が考えたことが、ちゃんとビジネスになったのだ。今日一日だけでもいろんなことがあった。まるで冒険だった。
空のバケツを両手で振りながら、ヒロトはスキップして帰った。これからは週末に必ずここで麦茶を売ってみようかな?
と、次の瞬間、「......ヒロトじゃん」背後からリンに話しかけられ、ヒロトは我に返った。
リンは陸上部の練習からの帰りだろうか、体操服姿だ。
「あっ、リン。ひさしぶり? じゃないな。こんばんは?」
「......うん、こんばんは。で、何してんの?」
ヒロトはすこしだけ緊張した。リンの質問に厳しさを感じたからだ。
「えっ、いやあ何も。リンは?」
「......あのさ、ここ、私んち」
「あっ、そうだっけ」
ちょうど青果店の前を通り過ぎたところだった。
「......あのさ、うちの前でバケツ振り回されると危ないんだけど」
「えっ? ああ、これ? 振り回してないよ。ごめん、ごめん」
「......あと、走るときはちゃんと前向いて走りなさいよ」
「あー、そっか。でも、走ってないよ。スキップ、スキップ、ははっ」
「......言い訳しないで。同じことでしょ」
こうなったらもうどうしようもない。逃げるが勝ちだ。「まっ、次から気を付けるからさっ。じゃあねー」そういって、ヒロトはその場から走った。
その日もヒロトは帰り道に近所の激安スーパーに寄った。明日もまたこの「麦茶ビジネス」をおこなうためには仕入れをしないといけない。といっても、明日はコーラや、スポーツドリンク、缶コーヒーも少しは揃えておく必要がある。そうヒロトは学んでいた。
だから正確には「飲み物ビジネス」だ。麦茶以外の飲み物もあれば、きっともっと早く売り切れて、残りの時間は遊んでいてもよくなるだろう。
そんなことを考えるのも、ヒロトにとっては初めてのことで、けっこう面白い。結局、ヒロトは今日の儲けの1000円全部を明日のための飲み物代、仕入れ代に使った。