元キックボクシング王者のささやかな夢

回復プログラムを始めて約2年半、見事自立に成功して依存症から回復した中竹さんは、現在グレイス・ロードのスタッフとして働いている。

配達の仕事をしていた頃と比べると収入は減ったが、生活は昔よりも充実しているという。

家族から借りたお金は、毎月の給料から少しずつ返済している。少額だが貯金も始めた。借金の整理のために弁護士に相談をするための資金とするのだ。

プログラムを受けていた頃は他の利用者と相部屋であったが、スタッフになってからは、一人部屋が持てるようになったことが嬉しいという。

「一人部屋になってからは、Netflixとかの動画を見て過ごすことが増えました。それと施設の仲間とカラオケに行ったり、運動したりして一緒に過ごす時間も楽しんでいます。ギャンブルをやめられるようになってからは、楽しいことが増えました」

現在の最優先事項は、生涯ギャンブルをやめ続けること。まだまだ誤解も多くあるが、依存症は完治しない病気である。さらに特定の依存症となると、回復しても再発のリスクが消えるわけではない。

まだ会ったことのない娘に会うことは、中竹さんの夢だという。

「僕には以前に付き合っていた彼女との間に娘がいます。まだ会ったことはないけれども、真面目に依存症の回復を続けていれば、いつか娘に会う機会が訪れるかもしれません」

散々迷惑をかけた人たちに埋め合わせをしたいという想いもある。

「自分がしてきたことが原因ですが、きちんと埋め合わせができないままだと、一生後ろめたさを感じながら生きていくことになるでしょう。堂々として生きていくためにも必要なことだと思っています」

なぜキックボクシング王者に輝いたトップアスリートは、ギャンブル依存症になり失踪したのか。「こんな借金まみれなのに、どうやって子供を育てていけばいいんだろうって、考えたらどんどん不安になって…」_3
現在の中竹さん
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以前、依存症回復に努める中竹さんのエピソードを紹介した記事に、格闘家時代の中竹さんを知る人物から編集部へメッセージがあった。その一部を紹介する。

元キックボクシング王者 ギャンブル依存の記事を拝見し、中竹一刀さんにお礼を伝えてもらえればと…ご連絡さしてもらいました。

息子が一刀先生にキックボクシングを指導して頂き、息子を王者にしてもらいました。
感謝を伝えることができないまま、一刀先生と離れてしまい…
一刀先生に、出会えて指導して頂いた事は、ずっと忘れません。感謝の気持ちしかありません。

遠くからずっと応援しています。

と、一刀先生にもし、伝えて頂けれるのなら、幸いです。

多くの人に迷惑をかけたという過去は変えられないが、中竹さんのキックボクシングの試合に勇気をもらった人たちや、その指導に感謝の意を伝える人たちがいることも事実だ。

過酷なトレーニングに苦しみながらも打ち勝って王者に輝いたように、依存症に打ち勝って夢を掴む中竹さんを見たいと思った。

#1 2度の鑑別所行き、ギャンブル依存の非行少年がキックボクシング王者になるまで

取材・文/内田陽