「初夜は女性が上の体位と定められている」…統一教会の驚きの合同結婚式のルール。これがまともな宗教に必要なことなのか_2

「血分け」の儀式

統一教会の教義にとって、「血分け」が重要になる。『原理講論』の堕落論と、そこからの復帰の教義を考えてみると、それがわかる。

人類が堕落から復帰できるためには、
(1)メシアが地上に送られ、結婚して、真の父母となる。
(2)真の父母が、人びとの罪の血統をぬぐい清め、神との関係を正しくする。

の手順が必要である。メシアは、神のもとから人間のかたちをとってやって来るので、罪の血で汚れていない。そして、イエス・キリストと違って地上で結婚し、地上で真の父母として神の王国を建設する。

では、真の父母はどうやって、人びとの罪の血統をぬぐい清めるのだろうか。それには、堕落の出来事を打ち消す必要がある。エバが堕落したのは、サタンと性行為を行なったからだった。そこで罪の血がエバに入り、アダムに伝わり、血統を通じて人類一人ひとりに伝わっている。

(堕落) 
サタンがエバと性行為
⇒ 正しくない結婚と家族
⇒ 罪の血統が全人類に

これを打ち消すためには、メシアが信徒の女性すべてと性行為をしなければならない。

するとその結婚は正しいものとなる。こうして罪の血統をぬぐわれた人びとが、神の王国を地上に建設することができる。

 (復帰) 
メシアが信徒の女性と性行為
⇒  正しい結婚と家族
⇒  神の王国を建設

文鮮明が信徒の女性と性行為を行なうことは、統一教会の教義からすれば、当然のことなのだ。これを、「血分けの儀式」という。

文鮮明は、宗教活動を始めたころから、性的スキャンダルの噂にまみれていた。一1946年に収監されたのは、「混淫」の容疑である。1955年の梨花女子大の事件も、被害女性の手記などで内実が明らかになっている。

1960年に韓鶴子と結婚してから、合同結婚式が始まった。ごく初期には、初夜の前に文鮮明が花嫁一人ひとりと交わったという。

その後、結婚式で飲むぶどう酒に、文鮮明の体液を混ぜることにしたともいう。のちにはそれもやめ、ただの祝福になった。