「リオネル・メッシはアルゼンチン代表では輝けない」ここ10年以上、常にサッカー界で議論されてきたテーマだ。所属クラブでの神がかり的なプレーが、代表チームではなぜかこれまで発揮できていなかった。
「メッシに依存しすぎる戦術が原因?」「メッシに遠慮する他の選手のせい?」「代表に対するメッシのモチベーションが低いのでは?」
様々な意見や批判が、ありとあらゆる方面、とりわけアルゼンチン国内から聞こえてきた。試合中のメッシの表情もどこか暗く、プレーを楽しめていないようにも見受けられた。
2014年のブラジルW杯の決勝でドイツに敗れ、続く2015年と2016年のコパ・アメリカ(南米選手権)でも、決勝で涙を呑んだ。メッシは「これほどやっても勝てないなんて、自分には向いていないのだろう。もう終わりだ」と、代表引退を示唆するコメントを残したほどだった。
だが、タイトルを手にできず、どれだけの批判に晒されようと、メッシの胸には常に母国への愛情があった。紆余曲折を経て迎えた、今回のカタールW杯。おそらく自身最後となるW杯で、“神の子”と呼ばれる所以を、数々のスーパープレイによって改めて証明し、ついに自身にとっては、5度目の挑戦にして悲願のW杯初タイトルを手に入れた。
今回、メッシがメッシらしくプレーできたのはなぜなのか。その要因を紐解いていく。

5度目の挑戦で悲願の初戴冠…メッシが衰えたことでチームの完成度が高まった。アルゼンチン代表、カタールW杯での劇的優勝6つの理由
世界中を熱狂させた『FIFAワールドカップカタール2022』。 “神の子”メッシの大活躍により、アルゼンチン国民と世界中のメッシファンは感動のるつぼと化した。 メッシにとっては初戴冠となるW杯。その軌跡と“セレステ・イ・ブランカ”(アルゼンチン代表の別称で「水色と白」の意)の勝利への道を紐解く。 サムネイル、トップ画像:リオネル・メッシ(写真:PAImages/アフロ)
“神の子”メッシに栄冠
アルゼンチン、36年ぶり3回めのW杯の優勝
1. カタールW杯“最年少”監督
今大会のアルゼンチンを率いたのは、44歳で今大会最年少監督のリオネル・スカローニ。前回のロシアW杯で16強止まりという失意の結果に終わったアルゼンチンは、そのチームのアシスタント・コーチを勤めていた彼を暫定監督に据えた。
ただし、カタールW杯までの道のりは、決して平坦なものではなかった。就任当初は戦績が振るわず、それまでにトップチームの監督経験がなかった若き指揮官に対して、アルゼンチン国民の反応は辛辣そのものだったという。しかし、2019年のコパ・アメリカで3位へと導き、メッシを含めた選手やスタッフからの信頼を勝ち取ることに成功。
昨年開催されたコパ・アメリカでは、最大のライバルであるブラジル代表を決勝で破り、アルゼンチンに28年ぶりの優勝トロフィーをもたらした。この優勝によってグループとしての結束力をさらに強固なものとし、スカローニ監督や代表チームでのメッシを批判する声も、ほぼ聞こえなくなった。
良き理解者たちと、メッシの苦労を知る若手たち

左から、パブロ・アイマール、リオネル・スカローニ、ワルテル・サムエル(写真:ロイター/アフロ)
2. チームを支えるレジェンドオールスター
戦術的な手腕もさることながら、元アルゼンチン代表の名手たちを代表チームのコーチとして抜擢したことも、スカローニ監督の功績の一つだ。
ベンチで監督の隣に常に座っているのは、メッシの憧れの存在だったパブロ・アイマール。彼の引退の際にはメッシも「1人の偉大な選手であり、僕のアイドルの1人が現役を引退する」と、自身のフェイスブックに綴っている。
また”The Wall”とも称えられていた守備の名手ワルテル・サムエルは、守備の極意を今の選手たちに授け、ロベルト・アジャラは現役時代と同様に、チームの一員としての正しい振る舞い方を説いているという。
ベンチに座る往年のスターたちが、スカローニ監督と選手たちに絶大な安心感をもたらした。まさに“オール・アルゼンチン”と呼べるグループとしての結束力が、今大会での優勝を可能にしたのだ。
3. メッシを見て育ってきた選手たち
アルゼンチン代表の顔ぶれには、20代前半の若手選手がズラリと並んでいる。昨年のコパ以降、ディフェンスラインに抜群の安定感をもたらしたクリスティアン・ロメロは98年生まれの24歳。今大会の活躍でステップアップも噂される中盤の要、エンソ・フェルナンデスや、準決勝でヒーローになったフリアン・アルバレスに至っては、まだ22歳の若者だ。
メッシが初めてW杯に参加したのは、2006年のドイツW杯。当時19歳だったメッシは、アルゼンチン代表として最年少出場、最年少アシスト、最年少得点を記録する活躍を見せた。当然、前述した若手選手たちは、幼い頃からメッシのスーパープレイを目に焼き付け、憧れてきたはずだ。
それだけでなく、メッシ擁するアルゼンチン代表が、順風満帆とはいえない時間を過ごしてきたことも、今の若い選手たちは理解している。母国の英雄ディエゴ・マラドーナと常に比較され、「14歳でスペインに渡ったメッシは、アルゼンチンに思い入れがないんだ」などという、謂れのない誹謗中傷がメッシに投げかけられてきた。
その背景を全て理解した上で、アルゼンチン代表の一員として、あの“リオネル・メッシ”と一緒に、おそらく彼の最後となるW杯のピッチに立っている。この状況に奮起しない選手などいないだろう。「英雄メッシに相応しい結果を」。その気持ちが、アルゼンチン代表を一つにしたのだ。
秘密兵器はBBQとハーブティー

左から、ロドリゴ・デ・パウル、リオネル・メッシ、フリアン・アルバレス、ナウエル・モリーナ(写真:Agencia EFE/アフロ)
4. 「衰えたメッシ」がむしろプラスに
ここ10年のアルゼンチン代表は、メッシに頼りっきりだった。メッシ以外の10人で耐えて、メッシの一発に賭けるという、カウンター主体のスタイル。今大会でもその構図は大きくは変わっていないが、唯一変わったのは、メッシも歳を取ったということ。35歳の今、全盛期に比べて明らかにスピードは落ち、守備での貢献も極端に減っている。
ただ、チームメイトたちも「全てをメッシに任せられない」ことをしっかりと理解している。だからこそ、メッシが関与せずともゴールを狙える場面では、メッシを意識しすぎることなく、攻撃を完結させる。前線の守備でも、フリアン・アルバレスを中心に、エネルギッシュな若手選手がメッシの分まで走り切る。最終ラインでは、メッシと苦楽を共にしてきた34歳のベテラン、ニコラス・オタメンディを中心に、激しい対人プレーで守り切る。
こうしたゲーム展開の中では、メッシの登場はそこまで頻繁ではない。最後の局面で顔を出し、決定的な仕事をする。これまで揶揄されてきた“FCメッシ”というスタイルではなく、粘り強いアルゼンチン代表に、プラスアルファでスーパーなメッシという、まるで“サプライズ出演メッシ”とでも呼べるようなスタイルなのだ。
練りに練られたスカローニ監督の戦術と、メッシに対する他の選手の健全なリスペクトが、この新しいスタイルを可能にしている。そう考えれば、メッシの全盛期を過ぎた今だからこそ、決勝に進んだ2014年の当時よりも完成度の高いチームを作ることができた、とも言えるだろう。
5. バーベキューとマテ茶で心を一つに
カタールで開催された今大会、多くの代表チームは環境面が整っている5つ星ホテルに滞在した。ただ、アルゼンチン代表は そうした高級ホテルではなく、カタール大学の学生会館で大会を過ごすことに決めた。
その理由は、広々とした大学の敷地内で、アルゼンチンの伝統的なバーベキュー “アサド”が開催できるため。牛肉は母国から空輸され、アサド専用のシェフを常駐させるという徹底ぶりだ。
また、約500kg分もの“マテ茶”をカタールに持ち込んでいたことも判明。マテ茶は南米で愛されるお茶で、ブラジル代表も約12kg分を持ち込んだそうだが、その差は歴然。試合前や試合後のロッカールームやチームのバスで、アルゼンチン代表のほぼ全員が愛飲しているそう。ポーランド戦で得点を決めたアレクシス・マック・アリスターは、「ぼくらが一つになるために、他の何よりも(マテを)飲んでいる」とタイムズ紙(英国の新聞)に語っている。
アサドで一体感を高めて、マテ茶で一つになる。異国の地で戦うW杯という舞台において、母国の雰囲気を再現することは、一笑に付せない大切な要素なのだろう。サッカー面だけでなく、日常面でのこうした工夫が、今大会での悲願達成を可能にしたのではないだろうか。
取材・文/佐藤麻水
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