
日本代表を変えた名将トム・ホーバス~2021年東京五輪女子バスケ銀メダルの舞台裏#1
日本中が歓喜に沸き、バスケットボール界初の快挙となる五輪銀メダルを獲得した女子バスケ日本代表。トム・ホーバスヘッドコーチによる厳しい指導のもと、強豪国を下し、決勝戦ではアメリカ代表とも熱戦を繰り広げ、多くの人に勇気を与えたそんな日本代表チームの裏側を、キャプテンとしてチームを引っ張った髙田真希が初著書『苦しいときでも、一歩前へ!』で初めて明かした。
髙田真希著『苦しいときでも、一歩前へ!』より
日本女子バスケ代表チームの仲間
2021年に開催された東京五輪で、日本代表チームは銀メダル獲得という成績を収めることができました。このときの代表チームについて、私は次のような印象を持っています。団結力が強く、やるときにはしっかりとやる集団――。練習や試合のときには気持ちをオンの状態にし、それ以外のときではオフにするのが上手――。
普段は異なるチームに所属する私たちですが、代表チームで一緒にプレーしたり、リーグ戦で試合をしたりしているので、東京五輪の前からすでにお互いのことをよく知る仲でした。メンバーには20歳の若手もいれば、私のような31歳の選手もいて、年齢層としてはかなり幅広かったと思います。東京五輪のときの代表チームのメンバーと試合に臨むのは、相手がどのチームであってもとにかく楽しかったです。
日本女子バスケには、以前から十分な潜在力がありました。私がその潜在力を感じるようになったのは、2016年のリオ五輪前後のころです。それまでは世界選手権だけでなく、日本チームはアジアカップでも苦戦を強いられていました。しかし、リオ五輪出場を決めた2015年のアジアカップにおいて、それまででは考えられないような点差で中国に勝ったのです。
さらに続くリオ五輪では、ベラルーシや当時世界ランキングベスト5に入っていたフランスにも勝利します。オーストラリアには負けましたが、あともう少しで勝てるところまで粘ることができたのです。これを境にして、「国際試合でも自分たちは十分に通用するだけの実力がある」と、自信を持てるようになっていきます。
その自信は東京五輪の代表チームにも引き継がれていました。厳しい練習を皆で共に乗り越えてきたため、「このチームなら絶対に勝ち進んでいける」という自信が充満していたのです。

2つの課題
東京五輪が始まるまで、ヘッドコーチのトム・ホーバスさんからは改善点をよく指摘されました。特に私が頻繁に注意されたのは、ディフェンスの際の足の使い方や角度についてでした。バスケには、ボールを持っている選手に対して2人がかりでボールを奪いにいくダブルチームという戦術があります。このときに、「足を出す角度がズレている」というのがトムの指摘でした。
他の指導者だったら見逃すようなところや、「それくらいだったら許容範囲」というところにも一切妥協しないのがトム・ホーバス流のバスケです。なので、「形だけやっていれば合格」ということはありえません。足を置く角度が1ミリでもズレていたら、「それは違う」と見なされ、動作をリピートする必要がありました。
ダブルチームをする場合、1人の相手に2人が向き合うことになるため、相手チームにはマークされていないフリーの選手が出てきます。相手チームにとって一時的に有利な状況を作り出してしまうため、ダブルチームはリスキーでもあり、これを仕掛けるときには確実性を高める必要があるのです。
「そのためには1ミリのズレも許されない」これがトムの考えでした。
たった1ミリであっても、正しい方向に踏み出せず、それが動作の無駄を招くようであればダブルチームの確実性は落ちてしまいます。そうした微細なところにまで目を向けてプレーの精度を上げていったのです。
改善点はプレー以外にも及びました。それはキャプテンとしての私の役割についてでした。まず言われたのは、「常にリーダーシップを取るように」ということです。チーム全体の動きがうまく機能しなかったり、ミスが繰り返し起きたりすると、「キャプテンとして今のチームの状況を見て、これで本当に大丈夫だと思うのか?」という問いをよく投げ掛けられました。
どんなときも「ふだん通り」を実行する
東京五輪のことで特に触れたいのは、延期についてです。
本来は2020年に行われるはずだった東京五輪が中止か延期で揺れていたとき、正直なところ、不安を感じたこともありました。その後、1年の延期が決まったときは、「中止にならなくてよかった」と胸をなでおろしたのを覚えています。延期が決まってからも、実際に開催されるかどうかが直前になるまでわからない状況が続きました。しかしその時点で、私は落ち着いて成り行きを見守ることに決めます。
アスリートにとってオリンピックが一大イベントであるのは否定できません。しかし、オリンピックに自分のアスリート生活を左右されるのはよくないと感じたのです。オリンピックのあるなしにかかわらず、1日1日を大切に過ごし、向上心をもって昨日よりも成長している今日を迎えることがアスリートにとっては大切―。
これが私の基本的な考えであり、オリンピックに一喜一憂することはやめようと決めたのです。その日にできることをそれまでどおりに行っていれば、オリンピックの開催が決まっても慌てることはありません。仮に中止になったとしても、3年後のパリ五輪の準備にもなります。国内ではリーグ戦が行われるので、そちらにも注力が必要です。オリンピックに夢中になり過ぎて他のことが疎かにならないように、できるだけバランスを取りながら過ごすようにしていました。
様々な制約がありながらも、結果的に東京五輪は開催されることになります。2016年のリオデジャネイロ五輪を経験し、オリンピックへの出場がもたらす影響の大きさは肌で実感していました。遠い国での開催にもかかわらず、多くの人たちが声援を送ってくれたのです。帰国後の反応に触れながら、バスケに興味を持ってくれる人が増えたのも感じられました。
そして2021年、どうにか東京五輪の開催にこぎつけることができたのです。一喜一憂しないと決めてはいたものの、「できればやってほしい」という気持ちを私はずっと持ち続けていました。バスケを盛り上げることを目標に掲げている自分としては、東京五輪は絶好の機会だったのです。
世界のカベを乗り越える!
外国のチームに比べると、私も含めて日本の選手たちは小柄で細身です。しかし、大きければいいというわけでもありません。小柄で細い選手たちにも強みはあり、そこを強化していけば相手に十分立ち向かっていけます。日本代表チームがプレースタイルを変えたのは、2016年のリオ五輪のあと、2017年にトム・ホーバスさんがヘッドコーチに就任したのがきっかけでした。
リオ五輪での日本チームのプレーを見て、それまでのスタイルをガラリと変えない限り世界では勝てないという結論に至ったのではないでしょうか。ちょうどそのころ、米NBAのゴールデンステート・ウォリアーズがスモールボールと呼ばれるプレースタイルを取り入れていました。
スモールボールとは、運動量とシュートの成功率を上げることによって、相手チームとの身長差をカバーする戦い方のことです。このスタイルでは、選手たちは3ポイントラインの外側に出ていきます。通常は3ポイントラインの内側にいるセンターもラインの外に出ていき、マッチアップしている相手のセンターをゴールリング付近から遠ざけるようにするのです。
これにより、3ポイントラインの内側に広いスペースができるため、ドライブ(ドリブルでディフェンスを抜いてゴールに向かうこと)やカッティング(パスをもらってシュートを打つために相手のディフェンスに切り込むこと)がしやすくなります。このスモールボールを取り入れたのが、ゴールデンステート・ウォリアーズでした。身長の低い選手が多かったにもかかわらず、ウォリアーズは2016 −2017年シーズン、2017 −2018年シーズンを制し、NBAファイナルで連覇を成し遂げます。
元NBA選手でアメリカ人のトムが新ヘッドコーチに就任したのは、ちょうどスモールボールが注目されていた時期だったのです。
日本代表チームの変貌
私が元々得意としているのは、チームメイトのプレーに合わせながらパスをもらってジャンプシュートしたり、ゴール下でリバウンドを取ってシュートしたりするプレーです。ところが、新体制になった2018年からは代表チームのプレースタイルがスモールボールに変わり、シュートエリアを広げて3ポイントシュートを打つ機会が増えました。
それまでよりもシュートエリアが広がったため、スペーシング(スペースの作り方や使い方)をうまく活用しつつ、3ポイントシュートを阻止されたときは、素早くドライブを行い、ジャンプシュートやゴール下からのシュートに挑む必要があります。外国の選手を相手にしなくてはならない国際大会では、自分よりもフィジカルが強い相手に対して、どれだけ上手なドライブを仕掛けられるかが問われるようになったのです。
反対に、相手選手から激しいドライブを仕掛けられた際には、視野を広げて相手のオフェンスを食い止めなくてはなりません。スモールボールを取り入れたことで、私の役目はそれまでとはずいぶん変わりました。
日本チームの変貌を見て、スモールボールを取り入れようとするチームも出てきています。例えば、中国の代表チームです。中国の代表チームには大きな選手が多く、それまではフィジカル重視でプレーするスタイルでした。ところが最近では、日本チームのようにスピードや3ポイントシュートに力を入れ始めています。
東京五輪のとき、私にとって中国チームは最も対戦したくない相手でした。日本は現在、2年ごとに行われるFIBA女子アジアカップで5連覇しています。しかしそれまでは、中国が圧倒的な強さを誇っていたのです。元々強かったチームが、スピードを増し、3ポイントシュートの精度を上げていったとしたら……。
考えれば考えるほど、中国を避けたい気持ちになりました。結局、日本は一度も中国と当たらずに済んだので、彼らの変容ぶりにはまだ触れていません。
写真/アフロ
『苦しい時でも一歩前へ』
髙田真希

2022年3月30日発売
1,650円(税込)
新書判/208ページ
978-4-04-112245-7
中学校から本格的に始めたバスケットボール。貧血と診断され、練習でもひとり追いつけず苦しいことも多かった名門・桜花学園時代。複数のチームからオファーがあったなか、自ら選んだデンソーアイリスへの入団。日本代表主将としてチームをまとめ、バスケットボール界初のオリンピック銀メダル獲得。一方、30歳を機に立ち上げたTRUE HOPEでアスリート兼社長としての活動をするなど、精力的に様々なことに挑む高田のポジティブ思考の原点がわかる!
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