子どもに対する教員らの相次ぐわいせつ事案を受けて議論が進むのが、子どもと接する職場に性犯罪歴がある人物が就職できないよう、採用時に性犯罪歴を確認する「日本版DBS」制度について。
政府はこれまで、民間の塾やスポーツクラブには採用時の性犯罪歴確認を義務づけない方針で調整していたが、与党内外から懸念の声が続出。
10月中旬にも召集される臨時国会への日本版DBS法案提出は見送られる方向となった。
一方、愛知医科大学の大橋渉准教授は「そもそも日本版DBSだけでは、子どもへの性犯罪は防げない。子どもへのわいせつ事案を起こした人物で、過去にも同様の事案で検挙された人は、ほぼいない」と指摘する。
大橋准教授自身も、学生だった30年ほど前から、アルバイト先の塾や在籍していた教員養成大学で、子どもに対するわいせつ事案を目の当たりにしてきた。その実情から「小児性愛者が教育現場に入り込むのを防がないといけない。小児性愛障害を診断する方法を開発し、この障害を教員免許状の『欠格事由』に位置づけることができないかと考え、研究を進めています」と語る。
<わいせつ行為で処分された教員は9年連続200人以上>愛知医科大准教授が小児性愛障害診断テストを開発中「日本版DBSだけでは子どもへの性犯罪を防げない」
四谷大塚塾講師の教え子盗撮事件や、東京都練馬区の中学校校長が女子生徒わいせつ画像を保持していた事件など、教育現場で働く大人による子どもへの性犯罪は後を絶たない。「日本版DBS」制度の議論も進むなか、小児性愛者が子どもと関わる仕事に就かないよう「小児性愛障害」かどうかを診断するためのスクリーニングテスト開発を進めているという愛知医科大学の大橋渉准教授に話を聞いた。
未成年者への性犯罪率は、教員が一般人の1.46倍に

女子児童への盗撮行為等で逮捕された元・四谷大塚講師の森崇翔容疑者(撮影/集英社オンライン)
文部科学省によると、2018年度には年間282人の公立小中高の教員がわいせつ行為などで処分され、2017年に関しては被害者の約半数は自校の児童・生徒だった。2021年度も同様の教員の数は215人で、9年連続で200人を上回っている。
「わいせつ行為等で処分された教員は、公立小中高校などの教員全体の約3000~4000人に1人なので、教員や教育委員会関係者には、『問題を起こす教員はめったにいない』と考える人もいます。しかし、分析を進めると、驚くべきことがわかってきます」と大橋准教授。
文科省のデータと人口動態データを用いて、教員とそれ以外の集団における性犯罪率を比較したところ、教員による18歳以上の被害者に対する性犯罪率は0.99倍と、教員以外の集団ではほぼ同率であったのに対し、18歳未満の被害者に対する性犯罪率は、それ以外の集団の1.46倍だったという。
「日本版DBS」の落とし穴 「わいせつ教員のほとんどが初犯」
これらの結果も踏まえ、大橋准教授は「小児性愛者は周到に学校現場はもちろん、塾や学童、保育園、スポーツクラブといった、子どもと関われる職場に入り込もうとしています」と指摘する。
教育現場で子どもが性被害を受ける事案が後を絶たないことを受け、政府は「日本版DBS」制度の導入を引き続き検討しており、今後は性犯罪歴の確認を義務づける事業者の範囲について詰めていく方針だ。
しかし、日本版DBSですべてが解決するわけではない。
「1985年1月~2023年5月の子どもへのわいせつ事案のべ6000件の報道記事を調べた結果、過去にも同様の問題を起こしていたことがはっきりとわかるケースは、保育士1人、教員1人だけでした。
同様に、乳幼児が被害に遭った事例について、同時期ののべ212件の報道を調べたところ、過去に処分歴や検挙歴があったとわかったのは1人だけ。

女子生徒を盗撮して逮捕された練馬区の公立中学校校長、北村比左嘉容疑者
自分の小児性愛性を自覚して保育士を志した人物も10人程度いました。このことから、ほとんどのケースは、性犯罪歴に基づいて判断する日本版DBSだけでは防ぎきれないと思います」(大橋准教授)
かつて問題を起こした人間が、氏名の変更や、不祥事を起こした県とは別の県の学校の教員となって、再びわいせつ事案を起こすといった事件はこれまでも発生しており、このようなケースは日本版DBSで防ぐことができる。
だが、大多数を占める初犯の事例は日本版DBSを導入しても防ぎきれないというのだ。
そこで、大橋准教授が導入の必要性を訴えるのが、小児性愛障害を診断できるスクリーニングテストの活用だ。
小児性愛障害を見つけるスクリーニングテストの開発を進める
これまでも小児性愛障害をもつ人が子どもと関わる仕事に就かないよう、海外で小児性愛障害を診断するためのスクリーニングテストが開発され、日本の一部の学習塾でも講師採用の際にテストが実施されてきた。しかし、その正確性や妥当性に疑問も指摘されているという。
「小児性愛障害に関して自覚症状を問われても、『ない』と言うに決まっていますよね。嘘をついている人間をあぶりだすことも必要です」
大橋准教授は、中学校での非常勤講師の経験があるほか、東京医科大学医歯学総合研究科で博士号(医学)を取得するなど、教育学や医学、生物統計学に造詣が深い。
これら複数の専門分野の観点から、小児性愛障害をより正確に診断し、活用できないかアプローチ。奈良大学社会学部の今井由樹子准教授とともに、小児性愛障害診断のためのスクリーニングテスト開発を進めている。
この研究は今年度から、国の科学研究費助成事業(科研費)にも採択された。海外の大学や国内の教育委員会などとも協力しながら、数年をかけてテストの開発をめざしている。

日本版DBSについての法案提出を見送った加藤鮎子こども政策担当大臣(本人Facebookより)
今年度は、報道されたわいせつ事案を解析し、幼稚園や小中高といった学校段階や種別ごとに、教員の性犯罪の特徴を分析。そのうえで来年度は、これまでにわいせつ事案を起こした教員がどのようなきっかけで子どもにわいせつ行為をしたのか、教員をめざしたきっかけは何かなどを調査する予定だ。
そして2025年度ごろをめどに、教員がわいせつ事案を起こす要因の分析も参考に、小児性愛障害を診断するためのスクリーニングテストを開発し、小児性愛障害の治療の具体的手立ても確立していきたいという。
大橋准教授は、これらのスクリーニングテストを開発後は、学校現場だけでなく保育園、民間の塾などでも活用されることを望んでいる。
「小児性愛障害のスクリーニングには、人権擁護の観点から慎重な議論も出てくるでしょうが、日本版DBSだけでは不十分。研究者として開発を成し遂げ、教育現場での子どもへの性犯罪を防ぎたい」
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班