去る8月13日、韓国の人気DJ、DJ SODAさんが大阪で開かれた音楽イベントに出演。
その際、パフォーマンスの一環としてステージから降りて観客席に接近したところ、複数の客から胸を触られるなどのわいせつ被害にあったことを、本人が「X」(旧Twitter)で報告した。
この一件は大きく注目され、メディアも繰り返し報道。
イベントを主催した会社が、DJ SODAさんの胸を触ったとされる観客の男女3人について、氏名など不特定のまま『不同意わいせつ』で警察に刑事告発するに至り、うち男性2名はすでに警察に出頭した。
ここからは筆者の個人的見解だが、当時の映像や写真を見ると、加害者は熱狂的なライブのどさくさに紛れ、愚かなことに明らかな意図をもって彼女の体を触りにいっている。
一人の客は手の平ではなく手の甲を胸にグイグイ押し付けているが、痴漢の常套手段であり、いかにもさもしい行為だ。
ダセえやつらが、なんちゅうキモいことをしているんだと思うばかりなのだ。
また、この件から僕は、数年前に日本のあるライブハウスの壁に張り出された警告書のことを思い出した。
そこにはこう書かれていた。
「最近、演奏中に痴漢被害が報告されています。
もし発見したらステージに引きずり上げて下さい。
演奏止めて捕まえます。
その場合、演奏止めた責任を取ってもらう為、
二度とライブに来れない体になって頂きます。
GAUZE」
DJ SODAわいせつ被害騒動で思い出す、かつてあるハードコアバンドのライブで張り出された、抑止力の強い警告書
DJ SODAさんのライブでのわいせつ被害が物議を醸している。加害者の男性ふたりが名乗り出て謝罪もしたが、事態はこれで収束というわけではないだろう。熱烈なパンクファンであり、ライブをこよなく愛するコラムニストの佐藤誠二朗氏が、過去のある出来事とともに、この一件を憂う。
ライブ会場に現れて痴漢行為をはたらくキモいやつら

新宿Antiknockの壁に張り出されたGAUZEからの警告書
当該のライブハウスHP上にはその後、以下のような文章も掲載された。
「痴漢被害対策について
以前に警告したにもかかわらず、相変わらず愚行が繰り返されているようです。
当日は入場時に男性のお客様には同意書にサインをして頂きます。
拒否された方は入場をお断りさせて頂きますので、つまりご入場された方は全て同意済みと見なします。
同意書
私が痴漢加害者に特定された場合は、法的拘束力とは関係無く、主催者やアンチノックの中にいる全ての人からどんな理不尽な行為を受けても受け入れる事に同意します。
消毒GIG主催GAUZE」

新宿AntiknockのHPでも和文・英文で警告が発せられた
これらのメッセージを発信したGAUZE(ガーゼ)とは、1981年に結成し、以後40年以上にわたって活動を続け、惜しまれつつも2022年に解散をした硬派なハードコアパンクバンド。
ライブ会場はハードコア系に強い東京・新宿の老舗ライブハウス、新宿Antiknock(アンチノック)である。
DJ SODAさんのように“演者と観客”ではなく、観客同士の間でのトラブルではあるが、ライブパフォーマンス中のどさくさ紛れのわいせつ行為について、バンド側が自治的な対策を講じた珍しい例だ。
実際、“同意書ライブ”の現場はどうだったのか
僕は昔からのGAUZEファンで、ライブには数えきれないくらい行っていたが、毎回めちゃくちゃ盛り上がるライブの裏で、こうした問題が起こっていることにまったく気づいていなかった。
ストイックなGAUZEはその長い活動歴の中で、ごくわずかな例外を除きステージ上でMCをすることがなく、彼らからのメッセージは、発表する曲の歌詞とライブパフォーマンスのみに集約されていた。
ライブ告知などのバンド側からの発信も、Twitter(現X)に最低限の情報が出るのみだし、インタビューなどの取材に応じることもぼぼなかったので、“痴漢への警告”という非常の形であれ、こうしてバンド側から楽曲以外のメッセージが出される事態に、とても驚いたものだ。
それだけ、舞台裏で感知していた痴漢被害は相当に深刻だったのだろう。
1980年代には、強烈な破壊パフォーマンスを行うノイズユニットのハナタラシが、「開演中にいかなる事故が発生し危害が加わろうと主催者側に何ら責任がない」という誓約書にサインを求めたライブがあったが、その後は聞いたことがなかった。
だから僕は、異例の“同意書ライブ”に正直少しだけ興奮しつつ、2018年12月15日に行われたライブ会場に足を運んだ。

“同意書ライブ”はGAUZE主催の『消毒GIG』第171回で行われた
記憶は曖昧だが、実際には同意書に住所氏名などを記すことはなかった。
入り口に設置された、上記文章と同じものに目を通し、同意した証拠としてチェックの印をつけたら中に入れたのだ。
バンドやライブハウス側としても、個人情報の取り扱いという現代的問題との兼ね合いに苦心したのだろう。
1980年代からジャパコア(ジャパニーズハードコア)界のトップに君臨し続けたGAUZEのライブには、“この人たちは普段、どこでどうやって生活しているんだろう?”と不思議に思うほどのコワモテパンクスが集結する。
客の8割は男性だが、いつも一定の女性客がいて、果敢に前方のモッシュピットに突っ込んでいく人もいた。
そんな中に、痴漢被害者が出ていたのだろう。
この日の“同意書ライブ”は特に物々しい雰囲気でもなく、いつもの客層で埋め尽くされた会場でいつもどおりにはじまり、無事に終わった。
痴漢の件にバンド側からことさら言及することはなかったし、誰かがステージ上に引きずり上げられることもなかった。
警告が功を奏し、痴漢野郎は鳴りを潜めたのだろう。

当日のライブの模様。前方のモッシュピットにいると、常にもみくちゃにされることは避けられない
ライブ会場というサンクチュアリを乱すのが本当のファンのわけがない
さて、それではもし仮に、その日のライブでも痴漢行為が発覚していたらどうなったのだろうか?と想像してみる。
おそらく、多少の揉み合い程度はあっただろうが、実際には“二度とライブに来れない体”になるような私刑は行われず、取り押さえられた痴漢は速やかかつ穏やかに警察に引き渡されたのではないかと思う。
行ったことがある人にはわかるだろうが、ハードコアパンクのライブ会場には常に、何が起きてもおかしくないような、ピリピリした緊張感が漂っていることは間違いない。
だがその実、心から好きな音楽を楽しみたい人たちのためのハッピー空間なので、一皮むけば演者も観客も非常に優しく、平和的だったりするのだ。
バイオレンスムードのピリピリ感は、そういう空気を込みで楽しみたい人たちによる、会場一体となった一種の演出であり、実際に暴力行為が行われるようなことはほとんどあり得ない(皆無とは言わないけど)。
昔からGAUZEのライブに通っている客は、そういうことも十分承知なのだ。
そしてGAUZEの熱心なファンだった一人としてあえて断言するなら、純粋に彼らのライブを楽しみたい客であれば、あのサンクチュアリのようなライブ空間を汚す行為などは決して働かないはずだ。
バンド側もライブハウス側もそのことはわかっていて、演奏中に痴漢するやつは本物のファンではないと踏み、プレッシャーを与えたのだろう。
不定の輩をビビらせるのに十分なほど、素人から見たハードコアのライブ会場は殺伐とした緊迫感に包まれている。
つまり、警告の抑止効果は抜群だったのである。
とても強烈で意義深かったDJ SODAさんの告発
そして現代社会では、ステージに引きずり上げられてタコ殴りにされるよりも、SNSで顔まで晒されることのほうが、よほど大きなダメージとなる。
するとDJ SODAさんの今回の告発はとても強烈で、また意義深いことだったのではないだろうか。
拡散したDJ SODAさんの投稿には、多くの同情や加害者糾弾の声が届く一方、彼女の当時の服装や、客を煽るためにみずから手の届く範囲に近づいた行為を責める投稿も相次いでいるという。
どうもDJ SODAさんという人は、過去の奔放な言動や服装によって、セクシーさを売りにするお騒がせセレブと見なされる向きもあり、さまざまな議論を呼び起こしているようなのだ。
だけど、そんなことも一切関係ない。
セクシーを売りにするパフォーマーなのだから触られても文句を言うなというのは、あまりにも子供じみた物言いだ。
「誘うような露出の多い服を着ていたのだから自業自得」なんて、いったい何時代の人間の言い草なのだろう。
また、もみくちゃのライブ会場をいつも体験している身から言わせてもらうと、いくらモッシュピットで後ろから激しく押されたとしても、自分の手の先をコントロールできなくなるということもあり得ないのだ。
このニュースに対し、SNSやコメ欄でDJ SODAさんを誹謗中傷している人って、きっと全員が痴漢候補生なんじゃないかなと思ったりする。
あー、キモいキモい(あくまで個人的見解です)。
写真・文/佐藤誠二朗