芸人がYouTubeに無料でネタをあげるのは損なのか得なのか? ニッポンの社長に聞いた。
準決勝で2本ネタを用意しなければならないキングオブコントは、M-1グランプリ以上にネタの消耗度が激しい大会と言える。それだけに今年の出場も「躊躇する」と語るニッポンの社長のふたりだが、一方でYouTubeに無料でネタを上げていることについては、どう考えているのか?
ニッポンの社長♯3
賞レースのために「コアなファンを裏切れない」

ニッポンの社長。吉本興業所属。2013年結成。結成前から私生活で仲が良く、ピン芸人として活動していた辻(左)に前コンビを解散したばかりのケツ(右)が声をかけてコンビを結成した。今年4月より東京を拠点とすることが発表された
——3年連続3回目の決勝の舞台は、辻さんにとって「ラストチャンス」だったと話していました。今、次の大会に向けては、どんな風に考えているのですか。
辻 もう1回死んでいますからね。もちろん、出る前提ではいますけど、今年は出ないという選択肢もありなのかなと思っています。
——もうエントリーすらしないという意味ですか。
辻 準決勝で負けたら、ただマイナスなだけじゃないですか。次回以降は、相当いいネタを作らんと厳しいと思うんですよ。今大会で、ニッポンの社長は決勝に出てもハネへん、というイメージもついてしまったと思うんで。だからいろいろ試した上で、よっぽど新しい要素を出していかんと。ほんまに自信のあるネタができない限り、躊躇してしまう気はしますね。
——それとなくツッコむ感じがニッポンの社長の持ち味だとは思うのですが、わかりやすくツッコむネタもあるにはあるんですよね。
辻 ありますね。ただ、派手なんはないですね。声を張ってむちゃくちゃツッコんだりするのは一個もないんじゃないかな。ボソボソやるのはあるんですけど。でも、いくらツッコミがあるとは言っても、そんなテンションの低いネタで優勝した組って、過去、1組もいないじゃないですか。
やっぱり熱量が伝わりやすいネタの方がいい。……って考えると、やっぱり、もっと新しいことにチャレンジしないと無理なのかなって思うんですよ。
——これでもかというほどボケ倒して、声を張ってツッコむとか。
辻 でも、それをやったら、僕らじゃなくなってしまうじゃないですか。
——そこは、譲れない部分もありますよね。
辻 そんなことをしたら、コアなファンを裏切ることにもなる。「昔のほうが好きやったな」とか思われたくないじゃないですか。
キングオブコントが「M-1以上にキツイ」ところ

——でも、人間なので、他人の評価も得たいという思いも当然ありますよね。そのあたり、どう折り合いをつけ、どこまで変えられるかということですよね。
辻 あと1年で間に合うんかな……。そのスタイルチェンジが。スタイルも大事ですけど、おもろいというのが大前提なので。新しいけど、おもんないみたいになってしまったら元も子もないんで。
——ニッポンの社長のネタは多彩なので、非常に器用な印象があります。2人なら、2人にしかできないツッコミと熱量のある、今までにないようなネタができるんじゃないかなと期待してしまうのですが。
辻 いや、僕らは、めっちゃ不器用なんですよ。フリートークとかでも、おもろいこと言えないですし。演技も決して上手いわけではないんです。総合の五角形で言えば、めちゃめちゃいびつ。器用ということで言ったら、ロングコートダディの方がはるかに器用ですよ。あいつらはコントがなくても、いくらでも才能を発揮できる分野がある。
でも、僕らは現状では、コントしかない。そこに賭けているぶん、融通が効かないところもあんのかな。なので、変えると言ってもどこまで変えられるのか。現段階では、ぜんぜんわからないですね。
——キングオブコント史上、優勝するまでに要した出場回数の最多記録はジャルジャルの4回なんです。なので、次に出たときに優勝したら、並ぶことになりますね。それを超えると、キングオブコントの新記録になります。
辻 ジャルジャルさんは、もっと出ているイメージがありましたね。
——そうなんですよ。意外と少ないですよね。2010年に2回目の決勝出場を果たしてからは、8年連続で準決勝止まりと、決勝を目前に長いこと足踏みしていたんです。2019年に9年ぶりに決勝に出場し、翌2020年に2年連続でファイナリストとなって、やっと頂点に立ちました。この記録を見るだけでも、ジャルジャルの苦労が偲ばれます。
辻 やはり何度も決勝に出ていると、準決勝が壁になってくるんですよね。少々、変えただけでは、同じだと見なされてしまう。
——そこへ行くとすごいのは、M-1における笑い飯ですよね。9年連続で決勝に出続けて、9回目で優勝するという。ニッポンの社長も、キングオブコント界の笑い飯になれるんじゃないですか。もちろん、もっと早くに優勝できるに越したことはないですが。
辻 確かに。それもおいしいですよね。ただ、準決勝で上げてくれるかどうかやな。
ケツ キングオブコントの場合、準決勝は毎年、ネタを2本やらなあかんわけですからね。そこはM-1以上にキツイと思う。酷な大会ですよね。

ネタをYouTubeに上げる効果は?

——毎年、新ネタを2本そろえるのは難しいので、コント師の方々は、ネタ作りと並行して過去ネタの発掘作業にも力を入れていますよね。そして、それを磨き直す。ニッポンの社長も磨けば輝く過去ネタがまだいっぱい眠っているのではないですか。
辻 ただ、ちょいちょいYouTubeに上げたりしちゃってるんですよね。
——たくさん、あげてますよね。いつも思うのですが、あれは、もったいなくないですか。せっかくの財産を、無料で大盤振る舞いしているようなものじゃないですか。けっこう多くの芸人さんがやっていますよね。
辻 でも、上げることでファンが増えるんです。
——そういう効果があるんですね。
辻 メッチャあるんですよ。僕ら、漫劇(大阪・よしもと漫才劇場)メンバーの中では、いちばん最初にやり出したんじゃないかな。上げてなかったら、今の知名度もなかったと思います。上げ始めて、遠くから劇場に来てくれる人も増えたんで。
——ビスケットブラザーズは、2本目のネタを終えたとき、ロングコートダディとニッポンの社長が近寄ってきてくれてきたことが一番うれしかったと話していましたが。
辻 知らんやつが優勝するより、知ってるやつが優勝した方が嬉しいじゃないですか。もう2本目を終えた時点で、絶対いったと思ったんで、それだけ伝えに行きました。おめでとう、って。後になったら、たぶん、言えへんやろうしと思ったんで。
――ニッポンの社長も、さすが、と思わせてくれる日が来ることを勝手ながら楽しみにしています。
ケツ ありがとうございます。
辻 いや、無理やな。

取材・文/中村計 撮影/撮影/矢橋恵一