ビートルズ、山口百恵が変えた「武道館」の意義

10月から放送開始されたドラマ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(テレビ朝日系列。平尾アウリ原作の漫画)は、岡山県で活動するマイナー地下アイドル・ChamJam(チャムジャム)のメンバー・市井舞菜に人生を捧げるオタク・えりぴよの熱狂ぶりを描くドルオタコメディ。

なかでも、原作に登場する「いつか舞菜が武道館のステージに立ってくれたなら…死んでもいい!」というえりぴよのセリフは本作を象徴するセリフだ。

と同時に、アイドルと武道館の深い関係を端的に言い表している言葉とも受け取ることができる。アイドルファンにとって推しが武道館の舞台に立つことは、大変誇らしい出来事なのだ。

山口百恵とビートルズが転機。「日本武道館」が“アイドルの聖地”になった理由_01
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ただ武道館という場所は、本来芸能とは縁がない場所であったと森氏は語る。

「武道館は文字通り武道の稽古場、競技場として設計された建物であり、日本武道の聖地でした。そのため、非常に保守的な風土が強く、芸能とは程遠い場所だったんです。

しかし、1966年に英ロックバンド・ビートルズが武道館でライブ公演を行ったことにより状況は一変。

彼らの公演は一部の保守層から反発されたものの、日本の芸能界に与えた影響は絶大で、当時の保守的な流れを打ち砕き、カウンターカルチャー、ポップカルチャー的なものを開くパワーがありました。

しかも、それが武道館という厳正な空間で行われたことだったので、若者は時代の変化をより感じ取ることができたんです。

以降、閉塞的な時代からの変化の象徴として、武道館はアイドルを含むアーティストから芸能の聖地として憧れるようになったのだと考えられます」

ロックバンド・爆風スランプの楽曲『大きな玉ねぎの下で』の制作秘話は武道館とアーティストの関係を象徴する話として印象的だ。

武道館の上部にある正八角形の大屋根・擬宝珠のことを「玉ねぎ」と名付けたこの曲は、メンバーのひとり・サンプラザ中野が武道館初のライブにプレッシャーを感じて作ったという。爆風スランプにとって、武道館がどれだけ存在感の大きな場所であったかがうかがえる。

このようにそもそも武道館は、アイドルのみならず、音楽そのものの聖地としてみなされる場所だということがわかる。

ではなぜアイドルにとって武道館が特別な場所へと変化したのか。それはあるアイドルのコンサートがきっかけだったと森氏は力説する。

「そのアイドルとは山口百恵です。彼女の引退コンサートは、アイドルと武道館の関係性を特別にした印象的な出来事でした。

当時の山口百恵は絶大な人気を誇っていたまさにトップアイドル。その彼女がキャリア絶頂期の1980年に21歳の若さで結婚&引退会見をしたことは、本当に衝撃的だったんです。

そして、10月5日に武道館でファイナルコンサートを行い引退。大人気アイドルがたくさんのファンに見守られ武道館でその活動に終わりを告げたことは、後続のアイドルたちにとって武道館を特別な場所へと印象付けた、大きな事件だったのではないかと思います」