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サッチャーよりも過激だったブレア

ブレイディ この本で取り上げられていて、日本でまったく話題になっていないものといえば、「エキストリーム・センター」(以下、エキセン)の現象があります。

 今のヨーロッパのメディアでは、あらゆるところで「エキセン」について論じられています。「これからの政治は右でも左でもなく、中道であるべきだ」っていう考え方ですけど、「それだと体制にやられるだけだ」という批判があちこちから挙がっていて。

「極右」でも「極左」でもない、「極・中道」。ヨーロッパで大きな問題となっている政治的潮流「エキストリーム・センター」の実態〈森元斎×ブレイディみかこ〉_1
『死なないための暴力論』の著者で長崎大学教員の森元斎さん
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ブレイディ 「道の真ん中を歩いたら車に轢かれる」というアナイリン・べヴァン(※1)の言葉があるように、まさにイギリスでは「エキセン」が大きな問題になっています。来年1月の総選挙で労働党が勝つと予想されていますが、現党首のキア・スターマーが、まさに「エキセン」そのものという人なんです。トニー・ブレア元首相がアドバイザーなんですけど。

 まだブレアが出てくるんですね。

ブレイディ そうなんです。「エキセン」はイギリス以外も席巻していて、フランス大統領のマクロンもまさにそう。スターマー党首はマクロンを手本にしているとも言われています。そういう「中道回帰」を宣言した人たちは、「セントリスト・ダッド(中道おやじ)」とイギリスでは呼ばれ、近年、論客としてやけに人気です。

この「エキセン」の何が問題かといえば、例えばイギリスでは多くの大学が財政破綻を起こして大変なことになっています。大学だけでなく、巨額の授業料や生活費で学生たちも苦しい。

1960年代からイギリスは大学の授業料を無償化したんですが、1990年代にブレア政権が有料に戻しました。サッチャーですらできなかったことを労働党政権がやったんですね。

また、NHSという無料の国家医療制度の民営化も進めました。そのために現在のNHSは空洞化が進み、人々の生活を支える医師や看護師たちが低賃金に苦しんでいます。急進的な経済改革をしたサッチャー政権よりも過激なことを、ブレア政権はやっていたんです。

当時は多くの人がブレアの中道路線に期待していました。でも、あとから振り返ったら中道こそが過激なことをやるんだとわかった。中道は右派もできないようなとんでもないことをやる。だから、「エキストリーム・センター(過激な中道)」として警戒されているんです。

※1:英労働党の伝説の政治家。国民保健サービスNHSの父と呼ばれる