卑劣な偽装工作
裕子さんと同じく監禁致傷の被害者である少女・広田清美さん〔父を目の前で殺された上、7年間監禁され続けていた被害者。彼女の逃亡をきっかけに、松永と緒方は逮捕される〕やその父・広田由紀夫さん〔この頃既に松永によって殺害されている〕に対して、かつて行われていたのと同じ“通電”による虐待がここでも登場する。
裕子さんへの暴行を始めて、すぐに器具が出てきたということは、松永と緒方がその日に使用することを想定して、事前に用意していたということだ。
冒頭陳述によれば、松永は裕子さんに暴力を振るうようになってから、それまで片野マンションで生活させていた清美さんを、裕子さんがいる曽根アパートに連れて来たという。そして清美さんを裕子さんと一緒に四畳半和室に閉じ込め、外側から南京錠で施錠し、寝起きをともにさせていた。
このようにして清美さんに裕子さんの行動を見張らせていたのである。同時に裕子さんと3歳の娘を引き離し、娘を緒方の手元に置くことで人質にした。
娘を人質に取っていたこともあり、松永はホテルで働く裕子さんに、通勤を続けさせている。ただし、十分な所持金は与えずに500円程度の小銭しか持たせず、携帯電話でこまめに連絡を入れるように命じていた。そして裕子さんが曽根アパートに帰宅すると、連日のように午前4時頃まで通電の虐待を繰り返したのである。
平時であれば、警察に駆け込むなり、外部に助けを求めるといった解決方法があるのではと考えられるが、松永への恐怖はその思考が停止するほどのものだったということが窺える。冒頭陳述では、通電の被害が裕子さんにとどまらなかったことにも触れている。
〈時には上記3歳の二女に対し、前同様に通電させ、あるいは、通電する旨同被害者に告げるなどして恐怖感を増大させて、同被害者を意のままに従わせた〉
その結果、松永と緒方は裕子さんにクレジットカードで、合計約50万円相当の貴金属の購入を命じて質屋で換金させたり、カードローンで50万円を借り入れさせた。また、裕子さんの私物であるカシミヤコートや、松永からもらった女性用ペアウォッチなども入質して現金化させられている。
このように裕子さんを暴力と脅しで支配下に置いていた松永と緒方は、犯行が露呈しないように、新たな偽装工作も行っていた。
〈平成8年(96年)11月中旬ころから同年12月中旬ころにかけて、2回にわたり、同被害者に対し、「前夫や義母と会って幸せにやっていると伝えてこい。この時計を前夫に渡して来い。」などと命じ、携帯電話機を持たせてこまめに連絡を取らせるなどして監視下に置いた状態で、同被害者を前夫らと面会させた上、上記同様の思い出の品である男性用ペアウォッチを単品で購入したものと装わせて前夫にプレゼントさせるなどして、同被害者が経済的にも満ち足りた幸福な生活をしているように偽装させ〉ていたのである。
こうしたなか、12月中旬に虐待の苦痛に耐えかねた裕子さんが、「曽根アパートを出たい」と本音を漏らしたことから、彼女の逃走を阻止する必要があると感じた松永は、12月29日の未明に通電を行いながら、勤務先への辞表を書くように命じて従わせた。
そして、その日の午前中のうちに職場に提出させたのである。