死んだ人について語ることは、生きている人について語ること
――本書のテーマは、人の生と死についてだと思うのですが、こんなに爆笑してしまうのに、そのテーマからは全くずれていないのがすごいですね。
北大路 コロナ禍で当初想定していた企画から大きく変わってしまいましたが、そのテーマはずっと意識していました。
――ところどころに哲学的な言葉も出てきます。たとえば、何十年と漬けてきた梅干しを黴びさせてしまったから自分はもう死ぬのかも、と口にした伯母様のくだりに書かれていた「人はどんなところにも死の影を見つけ、そして何があっても死ぬまでは生きるのである」という一文。
北大路 いいこと言った感、あります?(笑) その伯母、結局九十歳くらいまで生きましたからね。
――亡くなった友人の夢を見て、「せめてもう一度くらい会いたかったが、実際会ったとしてもやっぱり後悔はあるのだろう。人がいなくなるとは、そういうことなのだ」という文章も、しみじみと沁みました。
北大路 ありがとうございます。
――個人的には、しょんぼりしている梅干しの伯母様に、「梅干しだって黴びたい時くらいあるって」と言って慰めたお母様のエピソードもツボでした。本書全体に通じることでもありますが、しんみりしみじみ、で終わるのではなく、その後に笑いがある。いい話で終わることへの北大路さんの ❝はにかみ❞のようなものも感じます。
北大路 うーん、そういうこともあるのかもしれないですが、現実問題として、父の会社の後始末はまだ残っているんですよ。なので、しんみりしている場合じゃないよ、という気持ちですね。父は建築金物の卸売をやっていたんですが、もっと処分しやすいものを商売にしてくれればよかったのにと思います。
――あぁ、それでネジの在庫の話が。
北大路 そうなんです。不燃物の上に、小さいんですよ! そんなのが袋に小分けになっていて、山ほど残されているわけです。妹は「ネジ、売れるんじゃない? メルカリで売ろう」なんて言ってたんですが(笑)。
――他には?
北大路 紙類がどっさり残っています。未使用の請求書とか領収書はそのまま回収してもらえるかな、とは思うんですが。昨日も昭和五十八年度の帳簿が出てきて、そこからか! とがっくりきました。父のがんが判明したのは、七十七歳の時。普通、その歳で病気がわかったら、身の回りの始末とかしませんかね?
――確かに。
北大路 普通はするでしょ、と思って見ていたんですが、全然する気配がなくて。当初、ホルモン治療がすごくよく効いて、本人はもうすっかり治ったつもりでいたんだと思います。七年間の闘病のうち、最後の一年くらいで数値が悪くなったんですが、その時は抗がん剤が効いた。ただ、そのうちにヘルニアが悪化してきて、それで入退院を繰り返しているうちに最終的には抗がん剤の副作用で肺炎を併発して亡くなったんですけど。いずれにしても、会社を経営していたわけだから、もうちょっと先々のことを考えてくれていてもよかったんじゃないの? とたまに思い出しては腹を立てています(笑)。
――本書のなかに、亡くなったお父様に「元気でいてほしい」という言葉が出てきます。矛盾しているようですが、身内を亡くした身には実感としてわかります。亡くなってしまった人にはあちらの世界で元気でいてほしいし、生きている私たちも元気で生きていかなきゃということを考えさせられます。
北大路 そうなんですよね。死んだ人のためにあれこれするのは生きている人だし、死んだ人のことを思い出して、腹を立てたりしんみりしたりするのも、生きている人。とりたてて、生とは? 死とは? と大上段に構えるわけではなくても、父のことを書くと、必然的に死の影を書くことになるし、でも、死後の片付けをしているのは、生きている自分たち。死ぬことと生きることが対になっている、というか、死んだ人のことを書くと、生きている人のことを書くことになるんですよね。誰かを喪うことはつらいし、寂しいのは寂しいんだけど、生きていかなきゃいけない。
――生きていかなくてはいけない人間の傍らには、かわいい猫(はなちゃん)もいます。
北大路 年齢のこともあるので、もう面倒は見きれないかも、とずいぶん足踏みをしていたんですが、ひょんなことから十七年ぶりに猫との生活が始まりました。飼ったからには最後まで見てやらないと、と思います。動物の一生を背負うというのは覚悟がいることですが、でも、猫と過ごす日々はいいですね。
――本書でも、随所ではなちゃんとの幸せな生活ぶりが伝わってきます。そして最近、北大路さんは散歩を始められたそうですね。
北大路 はい。毎朝七時前くらいに起きて行っていますね。雪が降り始めたら行かなくなると思いますが。
――どれくらいの時間されているんですか?
北大路 一時間弱くらいですかね。さっき話した通学路のあたりを歩きます。今はもう、ずいぶん景色が変わってしまいましたが。
――散歩中に妄想は……?
北大路 します! 暇なので(笑)。
「小説すばる」2022年12月号転載
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