生活をしながら感じる怒りや憤りがないと、映画は作れない
──山﨑監督の引きの力がすごすぎる。映画の神様に愛されていますね。ぜひ、伺いたいのは、山﨑監督はトマト農家をしながら映画を撮っているとのことですけど、農業をしていると種子法やTPPなどやはり政治についてダイレクトに影響を受ける機会が多いと思うのですが、そういう背景もこの映画には関係していますか?
「農業に関して言うと、僕は本当に純粋に楽しいし、面白い。トマトを育て、管理している時間は割と幸せな孤独の時間だと思いながらなんとか自分の家族が食べていける範囲で続けていますがとても難しいです。多くの農家さんからすると、僕のようにトマトを作る傍ら、映画も撮るし、地域の活動にも参加するというのはもしかするとすごく失礼な在り方かもしれません。その三つのバランスでいつも時間の引っ張り合いにはなっています。
小さいながら農家であることからもちろんTPPや農政には一般的な関心を持って見てますが、農政以外にも、政治には違和感を持ちながら暮らしています。中央で政治をしている人たちには、地方で暮らす人たちの生活に関心や目が行き届かないのかなと。それこそ、オリンピックも最初は東北の復興ということから始まったはずなのに、実際にはそこに強くフォーカスされたとは思えなかった。
先日の国葬の成り立ちもそうですが、国民の意見がどうも届かない。多数の反対意見ですら見て見ぬふりという風に、オリンピックは開催されました。そんな経緯を目にして、テレビでオリンピックを見続けるということはちょっと耐えられないな。そう思ったのが、『やまぶき』を作ろうとしたきっかけでもあります。生活をしながら感じる怒りだったり、憤りがないとたぶん映画は作れないし、作らないかもしれない」
──すごいのはこの作品をデジタルカメラではなく、16ミリのフィルムで撮られたことですね。ざらざらとした粒子感が味わいとなっていますが、予算がかかるので大変でしたよね?
「そうなんです。僕たちは誰にも頼まれずに映画を作っているので、制作費も自分たちでお金集めをしなくてはいけない。僕はいつだって映画はフィルムで作りたい。それはフィルムの映画で感動を覚えたからです。しかしフィルムで作ろうとすると予算も変わるし、技術も必要となる。でも、仲間の作家が撮った16ミリの作品を見る機会があって背中を押されたというか。プロデューサーに予算が上がるけれどフィルムで撮りたいとお願いして作りました」
カンヌ国際映画祭の一番尖った部門での上映はうれしい
──『やまぶき』はフィルムで撮ったという志も、映画の内容も評価されて、今年のカンヌ国際映画祭のACID部門にセレクトされました。ほかにもロッテルダム映画祭など10を超える海外映画祭で上映されていますが、カンヌは参加されてみてどうでしたか?
「ACID部門というのは商業的な映画からは漏れ落ちているが、それでも配給して、劇場で観客に発見されなければいけないという趣旨で映画作家たちが1993年に立ち上げ、自らセレクションをするという部門で、その志が面白いですよね。日本にはその発想ないと思います。なんて言うか、フランスの懐の深さというか、映画の多様性を大切にしているなと。日本にも東京国際映画祭の中にACIDみたいな部門があればいいのになと思います」
──『やまぶき』の最後のクレジットには濱口竜介監督や深田晃司監督のお名前が協力として入っていますが、同世代の監督たちと共調することもいつか、ありえますよね?
「以前から親しく、尊敬している監督たちで、クラウドファンディングの時に協力していただきました。カンヌの話に戻りますが、ゴダールやトリュフォーがカンヌ国際映画祭のある種行き過ぎた商業主義的側面を批判し、中止に追い込み(※1968年のカンヌ国際映画祭粉砕事件)、その後、フランスの監督たちが「監督週間」という部門を独立した部門として立ち上げます。さらにそれでもこぼれ落ちる重要な作品を選出するようにACID部門が30年前に作られました。いわば映画祭の一番尖った部分が集まったともいえるところで選ばれたのは単純にとても嬉しい。『やまぶき』はトリュフォーの編集マンであったヤン・ドゥデさんに編集協力していただいたので、おお、繋がったなと(笑)」
──ところで、山﨑監督はお姉さまが大阪の老舗アートハウス、シネ・ヌーヴォの支配人であることが有名ですけど、姉弟で映画の仕事についたのは、何か英才教育ならぬ映才教育があったんですか?
「ほかの取材でも同じことを聞かれたのですが、父親が大阪シナリオ学校というところで勤めていて」
──わ!天満にある大阪シナリオ学校ですか? 私、社会人の時に通っていました。夜に講義があるのでいろんな背景を持つ社会人が集っていて。あそこで学んで、自分にはシナリオライターの才能がないってわかったんです(笑)。
「それは絶対にうちの父親と会っていますね。今、おっしゃったように夜に講義があるから、シナリオライターの卵たちを夜な夜な、父が家に連れ帰ってきて、僕がちっちゃい頃は寝ているところを起こされ酔っ払いの映画の話を聞かされるんですよ。それが本当に嫌で嫌でたまらなくて、姉ちゃんと何があんなに面白いんだと話していたんですけど(笑)。ああいう大人が普通の大人だと勘違いしてしまったんでしょうね(笑)。だんだん「普通」の大人になる道からは遠ざかっていく。
親の帰宅が遅い家だったので、姉とはよくレンタルビデオ店に行っていて、僕は大学に入って映画を作ってるサークルがあって、映画って誰でも作れるんやって、二回目の勘違いをして。姉は映画が大好きすぎて映画館で働き始めて。勘違いが今の二人を作ったといえますね」
──最後になりますが、改めて観客の方にメッセージを。
「5年間かけて、僕だけじゃなくて、ここに人生をかけて作ってきたスタッフたちが何人もいるんで、『やまぶき』をたくさんの人に見てもらわないと続かないんで、まずはそこをなんとかしたいと思っています。次回作というのはまた、沸々と湧いたら、頼まれなくても勝手に作ります。なのでぜひ、皆さんに見ていただいてご協力をお願いいたします」
やまぶき
日の当たらない場所にさく山吹を題材に、岡山県真庭で撮られた人間群像劇。かつて韓国の乗馬競技のホープだったチャンスは、父親の会社の倒産で多額の負債を背負い、今は、岡山県真庭市で、ヴェトナム人労働者たちとともに採石場で働く。刑事の父と二人暮らしの女子高生・山吹は、交差点でひとりサイレントスタンディングを始める。二人とその周囲の人々の運命は、本人たちの知らぬ間に静かに交錯し始める――。第75回カンヌ国際映画祭 ACID部門正式出品作。
監督・脚本:山﨑樹一郎
出演:カン・ユンス、祷キララ、川瀬陽太、和田光沙、三浦誠己、青木崇高、黒住尚生、桜まゆみ、謝村梨帆、西山真来、千田知美、大倉英莉、松浦祐也、グエン・クアン・フイ、柳原良平、齋藤徳一、中島朋人、中垣直久、ほたる、佐野和宏
プロデューサー:小山内照太郎、赤松章子、渡辺厚人、真砂豪、山崎樹一郎/制作プロデューサー:松倉大夏
撮影:俵謙太/照明:福田裕佐/録音:寒川聖美/美術:西村立志/助監督:鹿川裕史/衣装:田口慧/ヘアメイク:菅原美和子/俗音:近藤崇生
音楽:オリヴィエ・ドゥパリ/アニメーション:セバスチャン・ローデンバック/編集協力:ヤン・ドゥデ、秋元みのり
製作:真庭フィルムユニオン、Survivance
配給:boid/VOICE OF GHOST
2022年/日本・フランス/16mm→DCP/カラー/5.1ch/1:1.5/97分
© 2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE
★11月5日(土)より渋谷ユーロスペース、11月12日(土)より大阪シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館、ほか全国順次公開
『やまぶき』公式サイト
撮影/山崎ユミ