“今の正体”を考えているだけ

神山監督は常々、身近に感じる現実的な問題を描いてきた。

例えば『S.A.C.』シリーズでは“薬害” “難民問題” “高齢者福祉”、『東のエデン』では“年功序列” “ニート”といった現実的な社会問題が背景にある。

「アニメーションに触れていく中、割と早い段階で“ファンタジーよりも今、身の回りで起きる問題の方がおもしろい”と感じるようになったんです」

学生時代からアニメーションに惹かれ、アニメーションの道へ進んだ。その中で自身にとってのおもしろさが“今の身近な問題”であることに気づく。それによりアニメーションという虚構を描くコンテンツでありながら、“親身”になれるのだという。

「ミニマムでも、自分の身近にある問題からの距離感でファンタジーを考えていく方がおもしろい」と明かす。

『攻殻機動隊 SAC_2045』神山健治のクリエイティブ思考「“今”と“身の回りにある現実”を相対化する」_8

また、神山監督の作品には未来予測をしていると思わされる作品も数多い。
『SAC_2045』で描かれる未来も、全くの他人事であるとは思えない。率直に疑問をぶつけてみると、微笑みながらこう答えた。

「“今の正体”を考えているだけなんですよ」と。

「今、起きているいいことも悪いことも必ず過去に原因があります。例えば今、給与が上がらないのには過去に制定された派遣法という法律が1つの原因である、と。当時は大衆に人気のある政治でしたけど、今の給与問題はそこが発端なんですよね」

このように今ある問題を過去から紐解いていくことと同様に「今を基準に未来を想像することもできる」と話す。
悪い結果に繋がってしまった過去の要因、過去になかったから悪い結果に繋がってしまった要素を考えれば、未来に必要な、あるいは不必要な事柄が見えてくるという。

「すごく簡単に言うと、大人版の『ドラえもん』のひみつ道具みたいな発想です(笑)。“こんなものがあるといいな” “こんな人がいるといいな”と考えているだけ。
そんな“もしも”にプラスして、僕が一番興味のある“身近な問題”を相対化させて物語をつくっています」

例えば、『東のエデン』に登場する携帯で応対する優秀なAIコンシェルジュJUIZ(ジュイス)。アニメの放映は2009年、その2年後の2011年にiPhoneへSiriが搭載された。

これもまた未来予測をしたわけではない。2002年に富裕層向けの高級携帯電話ブランドとして展開された“Vertu(ヴァ―チュ)”を素材に、当時まだ馴染みのない“AI”というテクノロジーを掛け合わせたのだ。

「Vertuには必ずコンシェルジュボタンがあって、利用するセレブの人たちはそのボタンを押すだけで専用のコンシェルジュからさまざまなサービスや情報を受けることができたんですよ。それを“AI”がやってくれたら便利だなと思ったんです」

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現在、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のオリジナル長編アニメ『THE LORD OF THE RINGS:THE WAR OF THE ROHIRRIM』(原題)を制作中の神山監督。

『攻殻機動隊』シリーズや『東のエデン』は近未来の世界観を描いてきたが、『ロード・オブ・ザ・リング』は世界観そのものが非現実的だ。
神山監督は過去にもアニメ『精霊の守り人』でファンタジー作品を手掛けてきたが、こだわりに違いがあるのだろうか。

聞くと「身近な問題と繋がりを見出しにくいけど……」と一拍溜めながらも、「アプローチは一緒です」と答えた。

「“今”と“自分の身の回りにある現実”をものさしに、ファンタジーの飛翔高度を予測します。これだけの人間が住んでいるのなら、これだけの経済が回っているはずだ、とかね。ファンタジーの中にも、自分と照らし合わせられる要素がある。やっぱりそれを最初に考えます」

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上橋菜穂子原作の『精霊の守り人』の監督・脚本を務めた際には、原作からその予測を立てていった。例えば、町の人口を起点に主要道路となる橋のサイズから、この世界ではどれだけの経済が回っているかを考え、江戸時代前と同じだと推測する。

ところが、ほかの箇所を読んでいくと矛盾点を見つけることもあるというのだ。

「“弁当屋の競争が生まれている”と書かれているのを見つけた時、余剰米がなければ弁当にして売ることも、競争が生まれることもないだろうと。つまり、江戸時代後期の経済が回っているという事実がないと不可能で、そうすると原作に書かれているよりも人口は多いはずだとわかるんですよ」

笑いながら「これは何も原作のあら探しをしているのではないですからね」と神山監督。
小説を読んでいる上では違和感を覚えなかったことでも、アニメーションという具体的な画が出てきた瞬間に違和感を覚えることが多いそうだ。

「原作に書かれたヒントをベースに舞台設定やキャラクターの裏打ちをして説得力の強度を上げていく。だけど、その裏打ちをしたからといっておもしろさに繋がるわけでもない。そこで埋めた部分をまた抜いていく作業をするんです」

考えて、考えて、最後に間引く。
この作業にかけた時間の分だけ、作品の精度が高まっていく。
「時には考えたことがすべて無に帰すこともある」と小さく笑った。

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「頭の中で、何回作品を上映できたかが勝負です。『S.A.C』第1シリーズの時は、頭の中で最終回まで一通り見て、見た人のリアクションまでも想像して、脚本打ちをしました。
だけど、『SAC_2045』はあまり時間がなくて一通りの上映はできなかった。でも最終回だけはちゃんと見ましたよ」

神山監督は、そう冗談交じりに話した。

常に緻密な世界観を見せてくれると感じているだけに、やはりクリエイターの頭の中は未知数だと感じた今回の取材。しかし、だからこそ我々視聴者を常に惹きつけてやまないのかもしれない。

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取材・文/阿部裕華
写真/小川遼